↑ UP
吉祥寺フォーラム

開催趣旨

私たちは、吉祥寺は住みやすくて、良い街だと心の底から思っている。街を見渡せば、ショッピングや飲食で楽しいひと時を過ごしたり、緑に囲まれた公園でリフレッシュできる豊かな暮らしの生活シーンと、それらを求める多様な人々で溢れている。この生き生きとした街の様子を切り取れば、他の街が羨む生活・人生がそこにある。


しかし、一方でそう遠くない未来に吉祥寺が吉祥寺でなくなってしまうのではないかという謂れのない不安を抱えている。これまでも吉祥寺の強みや弱みを分析し、他の街の事例の検討などを行ってきたが、議論は堂々巡りに終始してきた。


技術革新やグローバル化の進展が社会に大きな影響を与え、私たちの働き方や生活スタイルが激変し続ける中で、将来の街の姿をデザインすることは容易ではない。また、これまでの都市再開発がそのままモデルになるとは思えない。私たちは、人を引き寄せる都市の本質とは何なのかに、立ち返って考えてみることにした。


人生の豊かさと都市の魅力は直結している。改めて、私たちが「都市に何を望むのか」を意識することが大切ではないか。ここで語り合ったことが、都市(街)に関わる者にとっての気づきとなることを願っている。


一般財団法人武蔵野市開発公社


開催概要

  • 2018年12月21日(金)14時〜17時30分 吉祥寺第一ホテル

登壇者

  • ・隈 研吾
    世界的に注目される日本人建築家の一人。株式会社隈研吾建築都市設計事務所主宰。木材を使うなど「和」をイメージしたデザインが特徴的で「和の大家」とも称される。「都市は失敗の集積にほかならず、失敗を重ねた都市ほど偉大な都市だ」と語る都市論にも造詣が深い建築家。
  • ・饗庭 伸
    首都大学東京 教授。都市の計画とデザイン、そのための市民参加手法等について研究。また、国内各地の現場において実際のまちづくりに専門家として関わり、それに必要なまちづくりの技術開発も行う。近年のテーマとして、人口減少時代における都市計画のあり方に関する研究に取り組む。著書『都市をたたむ』では、「都市とは豊かな生活をしたいという目的のための手段の集合体」と説く。
  • ・島原 万丈
    LIFULL HOME’S 総研所長。1989年株式会社リクルート入社。2005年よりリクルート住宅総研へ移り、ユーザー目線での住宅市場の調査研究と提言活動に従事。2013年リクルートを退社、同年株式会社LIFULLでLIFULL HOME’S 総研所長に就任し、2014 年『STOCK & RENOVATION 2014』、2015年『Sensuous City[官能都市]』を発表。著書『本当に住んで幸せな街 全国官能都市ランキング』を通して、「都市にはもっと官能が必要だ」と説く。
  • ・鈴木美央
    建築家、マーケット専門家。O+Architecture主宰、博士(工学)。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、英国を拠点とする設計事務所Foreign Office Architects Ltd.にて勤務。帰国後、建築意匠設計、マーケットの企画・運営、公共空間の利活用、行政アドバイザーなど、多岐に渡り活動。著書に『マーケットでまちを変える 人が集まる公共空間のつくり方』。マーケット研究を通じて「都市とは“あなた”と“わたし”の関係性の連続」と語る。

第一部 対談

【饗庭】  皆様、こんにちは。吉祥寺フォーラム2018「吉祥寺で語り合う“都市の本質”とは」ということで、第1部は、私と隈研吾さんとで「都市の本質は何か」というお話をさせていただこうと思っています。よろしくお願いいたします。


建築家の隈さんですけれども、設計事務所が隈研吾建築都市設計事務所となっていますね。「都市」という言葉がなぜ入っているのか、そこに込められた意図は何かをまずお聞かせいただけますでしょうか。


【隈】  そうですね、もともとは都市計画ってそんなに好きではなかったんですよ(笑)。というか、僕らの学生時代、要するに僕が大学に入ったのは73年ですけど、その前ぐらいの都市計画というと丹下さんなんかが描いていた「東京計画1960」という有名な絵があるじゃないですか。ばっーと軸線があって、その軸線にそってタワーがどんどん並んで伸びていくみたいな。都市計画というのはああいう感じのイメージだったから、70年代のときの感じでは、ああいうのは時代とずれているなという感じがして嫌だったんですね。


それで、僕は誰に興味を持っていたかというと、原広司という人で、僕の大学の先生でした。原研究室というところでやっていたのが集落調査でした。集落というのは、辺境の集落を調査して回る。集落というのは日本の村も集落は集落だけれども、もっと辺境へ行きたいというのがそのときの原先生の言っていたことで、僕はそれに憧れて原研究室に入ったんです。僕のときは、サハラ砂漠縦断の旅といって、サハラの集落を砂漠の周りとか、サバンナの周りとかを調査したり、熱帯雨林とかをずっと見たり、集落を回って村を調査するというもので。それは、当時の丹下健三流の都市計画の全く反対の感じに憧れていたんです。


建築については、単体の建築で美しいものをつくるということにも、自分はそんなに興味ないなと思っていました。その当時は単体の建築で美しいものをつくるのは、槇文彦さんや磯崎新さんなどが代表選手みたいな感じだったんだけれども、ああいう単体のものできれいなものにはあまり興味がなかったんです。汚いほうがいいと思っていたから、集落なんか汚くていいなと思っていたんです。


それで都市計画も嫌だな、建築も嫌だなと思っていたんだけれども、事務所をつくるときに集落事務所ではあまり仕事が来そうにもないし、集落では頼んでくれる人はいないんじゃないかと思ったので(笑)。何でもやりますよという意味で、建築都市という名前にしたぐらいのことで、それ以上の意味はあまりないんです。


■都市の本質とは


【饗庭】  ありがとうございました。おそらく皆様、今回のフォーラムのチラシをごらんになっておいでいただいたのではないかと思います。都市とは何かという大きい問いがあって、今日、後半で出られるお二方も含めて、都市とは何だという答えが書いてあるという感じのつくりになっているんですけれども。


隈さんについては、「都市は失敗の集積にほかならず、失敗を重ねた都市ほど偉大な都市だ」というふうに書いてあります。私は、「都市とは、豊かな生活をしたいという目的のための手段の集合体だ」という書き方をしています。この2つの言葉を説明しながら、都市の本質は何かという議論をさせていただきたいと思います。


最初に、隈さんのほうから、この言葉の意図と、これを含めて都市についてお考えになられていることをお話しいただければと思います。


【隈】  1つは、自分自身がつくった建築について、いつも、ああ、ここは失敗したなと必ず思うんですね。あまり大きな声では言えないんですけれども、言っていますけれども(笑)。ああ、あそこをもうちょっとああしておけばよかったなとか、あそこをこうしておけばよかったなとか、そういうふうに誰でも必ず感じるものだと思うんです。


完璧な建築なんていうのは世の中に絶対になくて、ここはうまくいったけれども、ここはちょっと失敗したなとかそういう部分があって、設計者というのは必ずそういう思いを抱きながらつくっているわけだから、何らかの欠陥とか失敗が重なってできるけれども、逆にそれが一種の建築や都市のおもしろさになっているのではないかという思いがあります。そうやってできるものは、結局ある種のノイズを作り出しているんじゃないかなと思っています。だから、逆に言えば、最近はあまり失敗がないなんていうのを目指すのではなくて、むしろある種の緩さみたいなもの、緩さがあって、失敗感があったほうが、みんなから好かれる建築になるんじゃないかという思いがあるんですね。


それは、さっき言った、ちゃんとした建築をつくる。例えば槇先生とかは、建築ができた後に、建築を絶対変えさせないんです。だから、ごみ箱一つ置いちゃいけない、ごみ箱を置くときも相談しなさいみたいな感じで。あるいは、ポスターも貼ってはいけないと。どっちかというと、そういうタイプの建築家が多かったわけだけれども、僕はそうではなくて、おもしろく変えられたりすると、一瞬ショックを受けることもあるんですが(笑)、ああ、こういう変え方や使い方もあったのかと、そういうことって結構あるんですね。


それに抗議したことなんかは絶対になくて、ああ、きっと使っているうちにこういうことに気づいて、こういうふうに変えちゃったのかなと思うんです。建築や都市をそういうふうに完璧なアート作品として変えちゃいけないというように捉えるのではなくて、ある種失敗の連続みたいなことや緩さのようなものが集積したほうが、住みやすい建築や都市になるんじゃないかなという思いがあって、こういうことを書いたんですね。


【饗庭】  ありがとうございます。ちなみに失敗を重ねた都市ほど偉大な都市だという書き方をされていますけれども、答えは1つではないかもしれませんが、最も失敗した都市というか、偉大な都市というのは、何かお勧めは世界都市の中でありますでしょうか。


【隈】  例えばよく言うのは、ブラジルの首都のブラジリアなんていうのは、都市計画の失敗の象徴だ、みたいなことをよく言われるじゃないですか。あれは計画して夢の新都市をつくろうとしたけれども、それは全然人間が住めるようなまちにならなかったと言って、そういう意味での都市計画的失敗の象徴と取り上げられますね。でも、行ってみたら、そこはちゃんと人間が住めるようにどんどん変えているわけです。


【饗庭】  ああ、ブラジリア。


【隈】  ブラジリアってそんな感じじゃないですか。行ってみると、このまち、住めるなと思ったわけです。そういう意味で、典型的な失敗とも言われているブラジリアも、ちゃんと人間が住みこなして、ある種ぐちゃぐちゃ感が出ているところは、すごくブラジルのエネルギーでいいなと思いました。そういう力を人間というのは基本的に持っているから、その力をうまく生かせるかで、都市が変わってくるのではないかなと思ったんですね。


【饗庭】  なるほど。次に、私の「都市とは、豊かな生活をしたいという目的のための手段の集合体だ」という考えを説明させていただきます。


もともと都市とはどういうふうにできたんだろうというのを調べたことがあります。都市の最初はマーケットです。後段で鈴木さんがマーケットの話をされますけれども、農村で暮らしている人たちが、自分たちがつくったものを交換する場所としてマーケットができて、最初は週に1日とか、月に1日とかだったのが、だんだん毎日になっていって、やがてそれを交換する専門職のようなものができてきて、それで都市ができてきたと、歴史的にそういうことらしいです。


つまりは、農村とかに暮らしている人たちが今より豊かな暮しをしたいなと、向こうの村の野菜を食べたいだとか、隣の村のジャガイモを欲しいとか思ったときに、都市に行ったということです。そういう意味では、都市って「手段」だったんです。都市をつくろうと集まったのではなく、豊かな生活をしようと思ってできてきたのが都市ということです。そういうふうに都市をもう一度捉え直すことが、とても大事なのかなと思っております。


なぜこういうことをわざわざ申し上げているかというと、私自身はずっと都市計画の世界で研究と実務をやってきたんですけれども、どうしても都市計画の人は、人口が減っていって、都市がもたないから、皆さん、都市をコンパクトにしてください、都市を小さくしてくださいというふうに市民に対してお願いするんです。


言われた側は、何で都市のために自分が引っ越さなければいけないんだろうと思うわけです。人は都市のために生きているわけではない、都市を維持するために生きているわけでなく、それぞれの人がやりたいことを実現するために都市があるんだということを、ちゃんと考えて持っておかないと、都市計画のなすがままにその計画に生活を侵されてしまうみたいなことが起きてしまうのではないかということで、都市とは手段の集合体であるという言い方をしています。


二つ目はちょっと踏み込んだ話をしますけれども、都市で人が何をやっているのかということです。人というのは、必ず資源を持っています。土地を持っていたり、建物を持っていたり、あるいは自分の時間を持っていますね。それを、都市にみんな持ち寄って、お互いに交換をするか、分配をします。誰かが何かをしたいと思ったときに、自分が持っているものを誰かと交換するか分配するかをして、適切な資源をすぐ手に入れることができて、自分のやりたいことができるというのが、いい都市なんじゃないかなと思っているわけです。


つまり私たちは交換と分配の代理人であるわけですが、交換と分配をひたすら人生の中で繰り返していって、いかに人生を楽しく暮らすかということが大切なことであって、都市はその交換と分配の舞台にすぎません。すごく単純な言い方で難しいことを言っていますけれども、そんなことを考えています。


次に、今の日本の都市の状態は、土地をどんどん分けて、交換してできている段階にあるということを指摘したいと思います。1945年、戦争が終わった後に、このあたりがまさしくそうだと思いますけれども、農地解放がされて、大きい農地がばらばらにされ、そこで働いている人たちに分配されたというところから日本の戦後の都市というのはスタートしています。


それで、そこの農地の人たちが自分の子供を大学にやりたいとか、違うビルをつくりたいと思ったときに、新しく都市にやって来た人、吉祥寺を思い浮かべるとわかりやすいんですけれども、吉祥寺に住みたいとやって来た人に土地とお金を交換して、それで吉祥寺の中に都市がどんどん出来ていきました。土地がどんどん小さく分けられていって、みんなが交換と分配を繰り返していくことで複雑にややこしくなってきているというのが今の状況です。


この状態になると、何か都市で新しいことをしようと思っても、自分が商売をやろうと思うところが空き店舗なんだけれども、空き店舗を持っている人に話をしたら、おまえなんか帰れと言われて、全然交換さえしてくれないという感じで、今の都市の状態というのは、もしかしたらすごく窮屈な状態で、交換とか分配がなかなかしにくい状態になっているのではないかと思います。


これをどう変えていくかというときに、1つは中国のように革命を起こして、土地は全部国家のものだというふうにして、もう一回白紙に戻してやるというやり方ももちろんあるんですけれども、多分それは起こらないだろうということです。そんなパワーが日本人にあると思えないので起こらないと。


そこで、細かく分かれてしまった土地をいかに賢く交換していくか、いかに賢く分けていくか、そんなことをやらなくてはいけないのではないかと思っています。先ほどの隈さんの失敗のお話を聞いていて、小さく分かれてしまった都市には小さい失敗が集積していて、それが逆に魅力につながることもあるんだと、そんなふうに考えておりました。


これから私たちに何ができるかを考えてみますと、土地が細かく分かれてしまった都市においては交換と分配しかやることがないですから、自分が持っているものを他人と交換するときに、どういうふうにいい交換をしていくか、あるいは自分が持っているものを誰かに分け与えるときに、いかにいいやり方で行っていくか、その交換と分配の仕組みをつくっていく。一人一人がいい仕組みをつくって、それが集積したものがいい都市ということなのかなと思っています。


【隈】  その交換、分配が、やっぱり時代とともに、逆にしにくくなるということなのかな。先ほどの分割のイメージでいうと、1つは、街区割りみたいなスケールの話があるじゃないですか。それがどんどん細かく割れていってということも示唆しているのかな。


【饗庭】  はい。


【隈】  そうすると、さっき実はみんなでお昼を食べながら話していた話で、もともとこの吉祥寺は高山案(※1)で描いたスーパーブロック、巨大なブロックにまとめる絵があったんだけれども、それが実現しなくて、ぐちゃぐちゃな細かい区割りが残ったと。結果として、それがすごくおもしろいまちになった。それこそハモニカみたいなおもしろいものは、そういう高山案のスーパーブロック方式がうまくいかなかったからそうなったという話は、いい話だなと思って聞いていたんですよ。


だから、小さくぐちゃぐちゃになると、それが都市におけるエントロピー増大の法則だとすると、それは逆におもしろいことかもしれない。それに対して、例えばトータルの容積率とかを使うことでしか高く建たないわけだから、デベロッパーが入ってきてそういう土地をまとめて買おうとすると、どうしても高い値段になってしまうから、こういう小さく割られるというエントロピーを覆そうとすると、ものすごい高額なお金で土地をまとめなければならなくなる。そうすると、その上に建てるものは当然、ものすごい高い家賃とか、高層の分譲マンションになる。結局、交換の結果としてそれができるんだけれども、その交換のときに発生するコストによって単なる値段が高いだけの普通の高層マンションというものになってしまうといったことは、寂しいなというふうに感じたんですね。


【饗庭】  そうですね。細かく分かれることがだめなことだとは、私も思っていません。まさしく今おっしゃったみたいに、吉祥寺のまちを見ていると、誰も一つにまとまろうとしなかった50年ぐらい前の話かもしれませんけれども、そういう時代があったから今がある。それで、それぞれ小さい中で何かおもしろいことをやろうとしてきたときに、連鎖反応的におもしろい交換が起き始めたという、そんなふうに思っているものですから、小さいところにたくさんの人たちがいて、ふだんはばらばらで、仲が悪かったりするでしょうけれども、何かきっかけがあったりとか、何かまとまる要素が出てきたときに、おもしろい動きが起きるんだろうなと思っておりました。


【隈】  やっぱりスケール、僕は小ささ、ぐちゃぐちゃさのスケールがすごくおもしろいまちをつくるような気がしています。アメリカでいうと、オレゴン州ポートランド、西海岸のシアトルのちょっと南のまちで、今アメリカではすごく人気があって、住みたいまちナンバーワンなんです。吉祥寺は日本でやると、いつも一番になるんでしたっけ。


【饗庭】  最近、1番の座を落ちたといううわさを。でも大体トップ5には入っていますね。


【隈】  ですね。ポートランドはアメリカでは、最近は常時トップのまちなんです。ポートランドの人間が、どうして自分たちのまちに人気があるか、それなりの分析をしていて、1つは、街区割りが小さいということを言うわけです。ポートランドでは平均40メーターぐらいの街区割りで、ニューヨークの裏通りはいろいろ違うけれども、60メーターから80メーターぐらいなんです。さっき言ったブラジリアは100メーター。一番切りがいいから100メーターにしようといって、100メーターにしたと。


そうやって見る、ポートランドは40メーター。40メーター歩けば、すぐ小さい道があるという感じで、それがまちの住みやすさの理由だとか。あと、よく言うのは、そもそもすごく寛容性があって、LGBTの人なんかはすごく住みやすい。アメリカだと、そういうのにすごく厳しいまちもあるけれども、ポートランドはそういうのにすごく寛容で、住みやすい。


行って見ると、実際僕らのプロジェクトもそういう関係の人は多かったし、とても自由な雰囲気で、それが小さい40メーターですけれども、関係しているかなと思ったので、小さくなるのはいいことだなと思ったんです。


■アライビングシティー&ライトインダストリー


【饗庭】  そうですね。私、生まれが兵庫県なんです。やっぱり東京に来ると、働いていろいろなものを手に入れていくという過程があって、それで家を買ったり、いろいろなことをするんですけれども。おそらく、小さいものを売っている都市というか、最初に自分が暮しを組み立てようと思ったときに、ものが手に入れやすい都市は、実は住みよい場所であったりする。そういう都市がいい都市なのかなと、ポートランドの話を聞いていて連想しました。


【隈】  それで、僕は最近考えている都市の魅力の一つは「アライビングシティー」といって、誰かがどこかからか都市にたどり着く過程で生まれるところ。都市って、今の饗庭さんの話でも、都市の起源は人がどこかから来ることではじまるわけですね。もともと東京生まれ、東京育ちではなくて、どこかからか東京に来る。地方から出てくるときに、最初に住む場所って、あまり価格の高いところは住めないけれども、自分の来た方向と何らかの関係性がある。


例えば東北から来た人たちは上野の近辺に住むとか、日暮里の辺に住むとか、その辺がアライビングシティーになって、今度は、中央線方面から東京に出てきた人は、それがこの辺に住むのかな。今日、僕は仮説を抱いて来ていたわけです。ある種自分の来た方位に近くて、ある種親しみがあって、でも、それでも都心には行けなくてというあたりのバランスを見ながら決まってくるのかなと。


でも、わりとアライビングシティーは若い元気のいい人間が出てくるから、それが活気にもなって、その場所を魅力的にするということがあるのではないかなと思っているんです。それで、世界の各都市にはきっとそういうところがあるはずじゃないかと。何でそれを考えたかというと、パリで言うと、パリの北のほうの場所で、パリの北駅よりもっと北のシャルルドゴールからパリに入っていく途中に、円盤みたいなサッカー場があるのをご存じですか。サンドニスタジアムというサッカースタジアムがある。


【饗庭】  サンドニのスタジアムの名前はわかりますけれども。


【隈】  サンドニのところのあたりの、サンドニの下の駅のコンペに僕ら、選ばれて、そこで今設計しているんですけれども、現地に行ったら、隈さん、この通りは車からおりないでくださいと。すごい治安が悪い。何で北のサンドニ地区の治安が悪いかというと、中東から来る人のアライビングシティーなんです。そういう系の人ばかりで、レストランもそういうのばかりになっている。


それは、パリで数年前にテロがあって、テロリストはほとんどそこに住んでいる。だから、ここは車からおりないほうがいいですと言われて、これは、やばい場所で仕事をすることになったなと思ったんだけれども。そういうときに、その話を読み解いていくと、なぜその場所がそういうふうになったかというと、それはパリの大改造をオスマン(※2)がした時に多くの人を強制退去させるわけですが、その強制退去者を全部サンドニ地区に押し込めたんです。それで、そういうふうな強制収用の土地みたいになって、それからずっと危なくて安いという歴史を引き継いできている。


でも、パリ市はそういうところもちゃんといいまちにしたいなと思っていて、僕らは駅の中に広場をつくったり、楽しくしてみたいな、そういうコモディティーの駅みたいなのを提案しているんです。アライビングシティーというのは、安いという反面で、逆におもしろくなる可能性がすごくある場所で、そういう場所は、(この吉祥寺辺りは人気があって高くなり過ぎたかもしれないけれども、)そういう出てくるときの東京との中間点、インターフェースみたいな場所というのは意味があるんじゃないかなと思っていて、今、饗庭さんが出てきた時の話で思い出したんですけれども。


【饗庭】  そうですね。私、最初、出てきて複雑な経緯はたどっているんですけれども、私にとってのアライビングシティーというのは中央線の高円寺です。お金がなかったので、探しに探して一番安い2万7,000円のアパートでお風呂がついていなくて、トイレだけついているところなんですけれども。建築の勉強をしていたので、製図板を置けないとだめだということで、広いけれども、安いというのを探したら、そうなったんです。中央線沿いにそういうところがあるんだろうなと、お話を伺って思いました。


ただ、やっぱりテロの話でいうと、アライビングシティーが腐るというか、アライビングシティーから出られないというのが問題なのかもしれないと思いました。そこからはい上がる手がないとか、そこの中で経済が完結してしまっていて外に出ていけない。例えばフランスの音楽なんかを聞くと、アラブ系のテイストがまざったミュージシャンなんかが出てきていて、成功したりしているんですけれども、そういうのが欲しいなと思いました。


【隈】  そうですね。アライビングシティーもそうなんですけれど、日本とは違う都市を訪れた時の方が、わりと都市の構造が見えてくることがあるじゃないですか。僕はパリに事務所があって、ときどき行くから、パリのいろいろな構造を考えていて、みえてきたことがもう一つあるんです。それが「ライトインダストリー」、都市の中にある軽工業地帯なんです。


【饗庭】  ああ、軽い工業地帯。


【隈】  軽工業地帯というのは、都市の中だったら、やっぱり20世紀の場合は軽工業地帯というのは空気も汚いし、うるさいし、安い場所だったけど、今、軽工業がさらに外に出ていったりとかするようになると、その場所というのはすごく魅力的な場所になる。


ただ安いからじゃなくて、昔の工場に使っていた建物をリノベーションしたりとか、そういう余地がたくさん残っているから、そこは逆に魅力的になるので、さっきちょっと質問で、この辺でライトインダストリー、軽工業みたいなのがあったんですかと聞いたら、三鷹駅の北の方にけっこうあるという話でした。


【饗庭】  横河電機の周りだと思います。


【隈】  横河電機の周りあたりに下請とか、結構そういうのがあったというのを聞いて、ああ、そういうのも魅力のもとにつながるかなと。


今、パリでも元軽工業地帯は一番人気があって、理由の1つは運河があるからなんです。運河沿い、運河とか水運上に軽工業が広がるから、軽工業の古い倉庫があるし、運河って魅力的じゃないですか。パリでも運河沿いの軽工業の東とか、ちょっと北とかのあたりで、僕もそこを事務所にしたんですけれども、そこのおもしろさみたいなものが、軽工業が出ていった後の、あるいは出ていこうとしているところのまちのおもしろさみたいなのは、三鷹駅の北の方にもあったのかなと感じたんですけれどもね。


【饗庭】  そうですね。東京の大きい構造で言うと、いわゆる軽工業地帯というのは西と東でいうと、東側に寄っています。墨田とか、江東とか、葛飾にあるのと、あとは大田区の海沿いのほうにあるということが一般的な話です。おそらく東京の西側は、軽工業とか、大きい工場が入りつつも、かなり住宅都市という側面が大きかったんだろうなとは思います。


【隈】  うん、それで、1カ所、東京の西側で例外を見つけたんです。目黒川沿いに、中目黒があって、目黒川って桜の名所があるじゃないですか、あそこに準工業地域が残っているんです。ライトインダストリーのまちで、今でもほんとうに工場が残っているんです。


何でそれに気づいたかというと、スターバックスがロースタリーという巨大焙煎機を中心にした、でかい店舗形態を始めて、シアトルは1号店で、東京は3号店ぐらいなんですけれども、僕はそれの設計をやっているんです。その焙煎機が高さ10メーターもあるものなんです。こんな巨大な焙煎機、見たことないんだけれども、それで豆を炒るんです。それが日本だと、その機械を置ける場所が限られているわけ。日本の建築基準法が準工と工業地しかそれを置かせなくて、巨大な機械だから。


ところが、アメリカだと商業地域にも、住宅地域にも置けるからシアトルのスターバックスは商業地域の一番にぎやかなところに、ドンとそれをつくったんだけれども。日本で調べてみたら普通の商業地域には置けないことがわかったので、準工業でイケてるところはないかと調べたんです。そうしたら、目黒川沿いに準工業でイケてるところが、ほんとうにひとかわだけあったんです。そこの土地を何とか探してきて、それをスターバックスの人が日本にも奇跡的にあったんですと言ってきたんです。それを経験して、ああ、準工業って、こんなところにも、川があれば、その周りだけ準工があったんだと言ってすごくおもしろかったんです。


【饗庭】  これは都市計画の問題ではないかと思うんですが、用途地域が商業地域とか、住居地域とか13の区域に分かれていて、その中の準工業地域と工業地域というところにだけロースターの機械が置けたという話です。


今、特に東京で起きていることのひとつの現象は、準工業地域がマンションになっていることなんです。全部住宅に変わっていってしまう。都市というのは多様であるべきで、いろいろなものがあるとおもしろいなと思うんですけれども、全部が住宅になるというのは、特に平成の後半ぐらいから起きていることではないかなと思っています。


それで、逆に、準工業地域って何が建つのかと考えると、様々な建築物が建つんです。住宅だろうが、商業だろうが、多分ピンクっぽい店も建つんです。だから、ほんとうに何でも飲み込むような面白い場所なんです。そういった場所がありながら、住宅をつくると土地が売れて楽なので、デベロッパーはマンションばかりをつくることになるんです。


日本の都市計画は住宅を守るために、住宅を工場から離そうとか、住宅をお店から離そうと考えられています。だから、準工業地帯があるんですけれども、いろいろなものがつくれちゃう中でマンションばかりが増えていくというのは問題だとみています。だからこそ、都市の中の工業地域とか、準工業地域というのはすごく貴重になるなと私は読んでいます。


さきほどのスターバックスの話も、用途地域を考えたのは1919年で100年前なんですけれども、その時には100年後にこんなにカフェがあって、そこで巨大な焙煎機を管理することなんて誰も想像していないわけですよね。なので、当時考えたことのない思いがけないことが、これから先の未来に起きるかもしれない。見たことのない新しい工場とか、変わった施設ができていくかもしれなくて、そういうときに見たこともない新しいものを受け入れることができる場所を都市が持っているかどうかというのは、とても大事なことだなと思っています。


今、隈さんの話を聞いていて、吉祥寺にもあんなカフェが出来れば良いなと皆さん思いましたよね?それを置ける場所がないから、中目黒に取られちゃった(笑)。まちの中にそういう余地みたいなものがあることが大事で、さらにそれを住宅やマンションにしてしまわないことが、とても大事なことだと考えています。


■郊外都市のこれから


【饗庭】  期せずして東京の西側の話になりましたけれども、郊外の都市というふうに、都心があって、郊外があって、このあたりは郊外と言われておりますけれども。郊外都市の行く末ってどうなるんでしょうかという、そのあたりについて少しだけ議論させていただければと思うんですけれども。


【隈】  都心があって、郊外があって、アライビングシティー的なものが大体中間的なところにある。郊外も高いわけじゃないですか、ある種、きれいな住宅地になっているわけだから、その中間的なところに僕はすごく可能性を感じている。


同様に、ライトインダストリーというのも工業地域と住宅系地域の中間にあって、川とか運河とか何かの諸条件でちょっと分岐したり、都市構造が完全なリング状をしていなくて別の構造がそこに入ってきている。そこにも興味があります。ひとくくりに郊外って捉えるのではなく、逆に何をしたらいいんだろうという感じがありますね。僕は逆に聞いてみたいんだけれども。


【饗庭】  ああ、そうですね。今の言葉で言うと、アライビングをして、その後、結婚して、子供が生まれてできたのが郊外という、少し外側に来て、一戸建ての住宅みたいなものを中心にできたのが、特に日本とか、戦後の成長期の東京で特徴的に起きたことではないかとみています。


【隈】  ただ、そのときに、アライビングシティーで若いころに2万7,000円のところに住んで、少しお金があったら、今度は少し逆に外側に行く。でも、外側に行きたいという人よりも、小さくていいから内側に住みたいという感じのメンタリティーって、昔はそんなになかったメンタリティーだと思うんです。それは、基本的には車というものに対するある種の面倒くささというのを抱えているときに、まちのもっと真ん中のところで歩いていろいろなことが解決する場所がいいなという方向性が出てきている。


そういうのがまち歩きみたいな、「ブラタモリ」的なものがそういうものに連動しているのではないかって。実は、きのう、僕、タモリさんと対談する機会があったんです。テーマは、まさに「これからの都市」というテーマで、NHKでお正月にやるらしいんだけど。僕は、都市は自動車を中心にして、そのインフラを中心にしてきた20世紀の都市から、歩行者、歩くということを中心にして、路地をテーマにしたようなまちに変わっていっていると思うんですよね。


「ブラタモリ」は、そういう時代の変化をまさにつかまえた歴史的番組だって持ち上げたんだけど、タモリさんは、はあっという感じで全然反応してくれなかったんだけれども(笑)。でも、僕は基本的にはそういう大きな流れがあるんじゃないかなと思っているんです。だから、郊外も、郊外でぶらぶらできるということが、僕はこれから求められてくるような気がするんだけれども。


【饗庭】  そうですね。私は多摩ニュータウンという郊外の典型みたいなところに大学があるからしかたなく住んでいるんですけれども、歩くんですね。大事だと思うので。もともと歩くのが好きなこともあって歩くんですけれども、そうすると冒頭に隈さんがおっしゃったみたいに、ブラジリアは外から見ているとつまらなそうなんだけれども、歩くと何かにぶつかるみたいな、そういうものは郊外にもあるんですね。もちろん、例えば麻布とか、ああいうところと同じ密度であるわけではなく、麻布で10個あるものは八王子には三個ぐらいしかなかったりするんですけれども。


でも、やっぱりそこには必ず人がいて、先ほど失敗とおっしゃいましたけれども、当初、多摩ニュータウンを考えた人が思っていないような使い方をしている人たちがいたりもして。それは歩いたら発見できますし、そういう失敗みたいなものは、歩くことによって支えられてきたというのは感じます。


【隈】  どんなところでも、ブラジリアでもちゃんとまちになるように、人間というのは住みこなしていける。だから、それにはある種住みこなしていけるような制度的な緩さとか、あるいは、それの核になるような投資みたいなものが必要なのではないですかね。


放っといてもいいかなと、その辺はどうですか。逆に放っておいたほうがいいという人がいるかもしれないですね。


【饗庭】  そうですね。私は、都市計画の専門家の中だと放置系なんですけれども。


【隈】  放置系?


【饗庭】  何かいろいろ道路を作ろうとか、オープンモールを作ろうとかいうふうに頑張る人たちもいるんですけれども、私はわりと放っておいたほうがいいよ派なんです。吉祥寺というのは、ずっと放っておかれたという気がしなくもないものですから、放っておいたほうが、住んでいる人がいろいろな失敗というか、エラーをたくさん起こして、結果的におもしろくなるんじゃないかなというふうに思っているんです。


【隈】  いや、でも、都市計画家でいながら放置系というのがいいですね(笑)


【饗庭】  隈先生はすぐ会場を出られないといけないというふうに聞いておりますので、ここで会場からご質問があれば、2つほどお受けしてということになっているんですけれども。いかがでしょうか。


【A氏】  町田市から参りました。貴重なお話、どうもありがとうございます。最後のほうで住みこなしていける制度の緩さというお話と、核になる投資が必要なのではないかというお話で、制度の緩さというのは、先ほどのお話でヒントがあったかなと思うんですが、核になる投資という点で何かヒントをいただけたらなと思っております。よろしくお願いいたします。


【饗庭】  ありがとうございます。


【隈】  そうですね、また自分のプロジェクトで、それに関係することを思い出しちゃったんだけれども。シドニーの中華街の近辺にものすごいマンションがいっぱい建っているんです。メーンの買い手は中国人なんです。今、オーストラリアで中国人の人はみんなマンションを買っているじゃないですか。中国人は、やっぱりチャイナタウンの脇がわりと好きだから、チャイナタウンの脇のベイに面しているところにどんどん建っていて、そこの真ん中にシドニー市がレンドリースというところとPPP(パブリックプライベートパートナーシップ)でつくっている施設の設計をやっているんだけれども、それのプログラムはほんとうにおもしろいと思って。


そんな大きくはないんだけれども、1階はマーケットで、それはほんとうにオープンなマーケットで、フリーマーケットをやるときもあるし、魚介類のカートみたいなのを持ち込めるようなオープンスペースが1階にあって、2階は保育園になっているんです。中国人が来ると、子供を育てたりするのに、保育園がないと日本と同じで待機児童問題が起きるので。さらに3階は図書館の支所で、この小さな図書館の上がレストランになっていて、そこからだと港が見えるという組み合わせのものです。


ラーメンみたいな格好のビルで、中華街が近いからラーメンがいいかなと思って(笑)。ぐるぐると木のルーバーが回っているみたいなビルにして、みんな、ラーメンビル、ラーメンビルと言っているんです。何かそういうものが1個あるだけで、高層マンションがいっぱい並ぶという雰囲気をちょっと壊すことができたらなという思いで、高層マンションとは全く逆に、そういうやわらかいラーメン型のビルにしたりしています。


でも、こうした考えをもとにシドニーの市が率先してそういうプログラムをつくるのは、すごいやるなと思っています。それで、行政の方もいらっしゃる前でなんだけれども、シドニーで打ち合わせをした役所の人はほとんど女性でした。女性の人が行政に多い。都市計画系は特に多いのかな。それで、みんなすごく切実な問題、保育園の問題とか、何か捉えているような気もして、とても素敵な場所だなと思いましたね。


【饗庭】  ありがとうございます。あとお一方、お願いします。


【B氏】  私は都市計画のコンサルをやっています。後半でストリートみたいな話が出てきていましたが、多摩ニュータウンのペデストリアンデッキみたいなものはストリートかというとそうではないと思いますが、何かストリート的なものと準工的なものとの出会いのところに、おもしろそうなものがあるのではないかと思いました。何かそのようなイメージでおもしろいところがあれば、お聞かせください。


【隈】  そうですね、ぱっと思いつくのは、準工業的なものの産業遺産のもので、例えばニューヨークのハイラインなんていうのは、まさに工業的な遺産のものがストリートをつくっていて、高さ20メーターもあるから、20メーターなんか絶対人は上がらないだろうと思っていたら、あの上を人間があんなにたくさん歩くようになったと。


あれが新しい構造物だったら多分失敗しただろうけれども、結構ぼろぼろの貨物線だったから、建物が高くても、ちょっと緩い感じになっていてうまく行ったんじゃないかと思いました。そういうことって、工業地とか、準工業地の中にどんどん起こり得るんじゃないかなと。


だから、立川のところなんかも、わりとキッチュな建物とか、きれいにし過ぎていませんかね。


【饗庭】  駅の北側ですか、ああ。


【隈】  何か、すごくきれいなまちに、典型的なコンクリートのまちになっちゃった。けれども、昔は、ああいうところ、前はあったんだっけ。


【饗庭】  基地の跡地というか、広大な土地だったんですけれども。


【隈】  何か、工業遺産や産業遺産的なものが見つかって、それを起点にしてやるということが、すごく接点としてはおもしろいと思います。


【饗庭】  そうですね。歩きながら意外なものに出会えるというところはすごく価値になると、そういうことなのかなという気がしまして、そういうところに歩ける道を作って通してみるみたいなことも良いのかもしれないと思いました。


では、お約束の時間が来てしまいました。まだまだ私もお話を伺いたいことがたくさんあるんですけれども、第1部の対談は以上とさせていただきたいと思います。どうもご清聴ありがとうございました。(拍手)


第二部 パネルディスカッション

【饗庭】  第2部は、島原万丈さん、鈴木美央さんと私の3人でパネルディスカッションをやらせていただきます。ディスカッションに入る前に、お二人の取り組みをご紹介いただきたいと思います。最初に島原万丈さんにプレゼンテーションをお願いします。


【島原】  皆様、こんにちは。島原でございます。LIFULL HOME’S総研という組織で働いております。LIFULL HOME’S総研は家探しのホームズくんという、不動産ポータルサイトをやっている会社の中にある非営利組織の研究所です。そこで毎年住宅マーケットを中心にした調査レポートをつくる仕事をしています。多分ここにお声がけいただいたのは、2015年に出した「Sensuous City[官能都市]」という調査レポートの話でだと思います。


このレポートをつくったきっかけ、動機ですが、グーグルの画像検索で「再開発」とやっていただくと、ずらずらっと同じような絵が出てきます。今、日本で再開発というのがあちこちで行われているわけなのです。特に東京は大変盛んです。再開発といえば、大体超高層ビルのある同じような形になっていく。つまり、日本中が再開発という名のもとにどんどん均質化している、同じようなものばかりでき上がっているのではないかという問題意識でした。小さい木造が密集しているような地域が全部一掃されて、スーパーブロックの超高層ビルができ上がってしまうということです。


そのような状況の中で、我々は日本社会が都市の魅力をどうやって測っているのか、ここが問題なのではないかと考えました。例えば、東洋経済さんが行っている「住みよさランキング」で7年連続第1位のまちが、千葉県の印西市なんです。印西市というのは千葉ニュータウンのある街です。


このランキングは、マスメディアにもかなり取り上げられるんですけれども、どうやって住みよいまちを決めているのかというと、公的な統計を使いまして、病院のベッド数が人口当たりどれぐらいあるかとか、大型商業店舗の面積が人口当たりどれぐらいあるかとか、世帯当たり新築の住宅着工数がどれぐらいあるか、こういったものを積み上げてランキングをつくっているわけです。つまり、建物や施設がたくさんあるまちがいいまちなんだ、住みよい街なんだというロジックで組み立てられています。これまであまり何もなかったところに駅をつくって、大きなショッピングモールをつくって、その周りに分譲住宅地をドンと提供すればランキングは上がるという仕組みになっています。でも、人口がこれから減っていきますよというときに、こういうまちが住みよいまちだというふうに言っていられるのかという問題、あるいはそのようにでき上がったまちがほんとうに我々の住みよさという実感に合っているのかといった、いろいろな問題意識があります。


そのほかに有名なのはSUUMOが毎年出している「住みたい街ランキング」です。ずっと吉祥寺が不動の1位だったのが2位に落ちまして、2位だった横浜に抜かれた。どうして抜かれたかというと、調査の方法を変えて、人口構成比に合わせて集計をすると横浜のほうが上だったという、それだけなんです。だから、別に吉祥寺の魅力が落ちて2位になったとか、横浜がすごく頑張って1位になったのではなくて調査主体の都合です。


この調査で「住みたい街」をどうやって決めているかというと、単なる人気投票です。あなたが住みたい街はどこですか、3つ選んでくださいというものですから、タレント好感度ランキングみたいな感じで捉えていただく分には全然いいんですけれども、ほんとうに住んでよかった街なのかということは全く問われていないわけです。


■「動詞」で経験値をはかる


それに対して、私が提案しているセンシュアス・シティというのは経験値ではかるというものです。都市の魅力をどうやってはかろうかというときに、このまち、何かいいよね、感じいいよねと、そういう感覚があると思うんですが、その感覚的なものをどうやってはかるかということが問題だったわけです。そこで、私は何々したことがあるという経験を積み上げてみたらどうだろうかと考えました。それは、例えば、気持ちいいという心理的な形容詞ではかっていく場合は、今日は気持ちいいけれども、あしたは気持ちよくないとか、すごくぶれが大きい。しかし、何々をしたという動詞、経験値というのはぶれない。


そこで、動詞で感覚をはかれるのではないかと考えたわけです。では都市の魅力を計る動詞群とはどのようなものか。大きなカテゴリーの1つ目は「関係性」です。都市に住んでいるということで、人と人との関係がどうなっているかについて「共同体に帰属している」、同時に「匿名性がある」、「ロマンスがある」、「チャンス(機会)がある」という都市の関係性を示すだろうと思われる4つの指標を設定し、それらを構成する動詞(経験)を評価項目にしたのです。


例えば「共同体に帰属している」という価値観を、今まで行政はどうやって測ってきたかというと、町会加入率とかにするわけです。何かピンと来ない。それよりも、例えばお寺や神社にお参りしたとか、あるいはなじみの飲み屋で盛り上がったと、こういったような経験のほうが、生まれ育ったまちではない、ただ偶然、今そこに住んでいるだけのまちに対しても、自分の地元だと思えるような実感値が増すのではないか。


「匿名性がある」の中には、実はお叱りも受けたりもしたんですが、不倫のデートをしたという項目があります。別に不倫のデートを推奨しているわけではなくて、不倫のデートというのは、あなたには関係ないでしょうという匿名的な行動の典型だと思うんですが、こういったような経験値をはかることで、都市の匿名性を測定する。


「ロマンスがある」まちというのは、路上でキスをしたとか、すてきな異性に出会えたとか、「チャンス(機会)がある」というのは、いろいろな人がいるからこそ出会える場所にアクセスできた。こういうふうな経験値の多さで都市における「関係性」の価値をはかる。


それから、もう一つの大きなカテゴリーは「身体性」、体が気持ちよく感じるかどうかについてです。例えばおいしい食事ができた、ローカルフードを楽しんだというのは「食文化が豊か」ということをわかりやすく測れると思うんです。


「まちを感じる」。まちの活気というのはどうやってはかるべきか。これも、行政のはかり方だと、通行量調査なんです。通行人が多ければ活気があるかという単純な考えでは、品川駅のコンコースは一番活気があるということになるんですが、あそこはただ混雑しているだけであって活気があるとは誰も思っていない。そうではなくて、例えば路上や公園で誰かライブをやっているとか、あるいは商店街からいいにおいがしてくるとか、人々が活動している営みを感じられるかどうかこそが、活気があるということではないかと、そういう経験値をとりました。


「自然を感じる」も、ただ公園が多いのではなくて、水や緑に直接触れるような経験ができるかどうか。それから、歩ける、歩行空間の快適さみたいなものも、ただ単にフラットでバリアフリーだというよりは、例えば手をつないで歩くとか、寄り道、回り道をしたりして、いつも歩かないような道を歩くとか、こういうふうな経験をしたかどうか。


これを全国の主要都市を対象に、そこに住んでいる人にアンケートをして、自分のまちでこういう経験をしたことがあるかどうか、その経験数の積み上げでランキングをしたのが、このセンシュアス・シティランキングです。


■都市にはもっと官能が必要だ


結果をさっと見ていただきたいんですけれども、全国134のエリアの中で武蔵野市が第3位に入っていまして、その上は大阪の北区、それから1位は文京区という結果になりました。ですから、何となく我々が感じていた吉祥寺、いいよね、武蔵野市、いいよねという感覚というのは、決して建物の数とか、病院の数とか、ショッピングモールの面積でははかれなくて、こういうふうなアクティビティーで計測したほうがよくはかれたのではないかなということです。


武蔵野市の詳細を見ていきます。全国で3位なので非常に高いわけですが、関係性の中でも「ロマンスがある」、あるいは、身体性の部分が軒並みベスト10以内です。特に「まちを感じる」という部分では134の日本の都市の中で一番という結果になりました。


ほかの都市と比べてみますと、近隣のエリアでは相手にならないくらい吉祥寺は強いわけです。特に身体性の部分で上回っている部分が大きいということがわかります。


次にもう少し上位のエリアと比べてみたときどうかというと、例えば1位の文京区と比べて見ると、「共同体への帰属」で負けている。「歩ける」も負けているんですが、「歩ける」指標でおもしろいのは、文京区というのは東京で一番坂が多くて、バリアフリーでない街なんです。その街の人が一番街を歩いているということがわかります。


それから、港区と比べていくと何が見えるかというと、港区というのは匿名性があるとか、ロマンスがある、チャンスがある、この3つがすごく強いんです。この3つはいわゆる都会的な街の象徴的なアクティビティーなんですけれども、そこではやや劣勢ですが、身体性の部分でかなり上回っているということで、総合順位は武蔵野市が高くなりました。


目黒区と比べていただくと、実は、目黒区と武蔵野市の結果はすごく似ていることがわかります。しかし、武蔵野市はやはり「自然を感じる」という項目で勝っていて、公園のおかげではないかなと思われます。


こういうふうな調査データを発表して、都市の魅力というのは、別に再開発でばんばんやることだけが都市の魅力を高めるわけではないよと。今まで、何か漠然といいねといった感覚というものを、動詞で測れば可視化できるんじゃないかというような提案をしているところです。ですから、都市の本質は何かというお題に対しては、私は都市の専門家ではないので何とも言えないんですけれども、都市には官能が必要なのではないかと感じているところです。


【饗庭】  センシュアス感は人によって違うというのは、まず大前提としてあると思います。それで、島原さんにとってのナンバーワンセンシュアス・シティというのは、どこでしょうか。


【島原】  よく聞かれます。センシュアス・シティというのは、経験をしたかどうかということですので、どこでもしようと思えばできることなんです。やりたいかどうかというのは確かにあると思うんですけれども。そういった意味では、私は自分の住んでいるエリアというのは、大田区の浅草線のほうなんですが、あの辺の近くの、例えば戸越だとか、武蔵小山とか……。


【饗庭】  戸越、武蔵小山ね。


【島原】  とか、目黒区と品川区の境目ぐらいに結構いいまちが多いかなと、僕は思っているんですが。


【饗庭】  なるほど、あのあたりなんですね。あと、なぜゲンズブールとバーキンの写真をレポートの表紙に使ったんですか。


【島原】  この写真は1970年代に2人が来日したときの写真なんですが、2人がいる場所は正確には特定できていないんですけれども、おそらく銀座か有楽町あたりの路地裏だと思うんですが、官能性のアイコンのようなカップルが日本の路地裏を歩いている光景が、非常に官能都市というタイトルにぴったりだなと思いまして。この写真のバーキンのおなかにはシャルロットがいるわけで、幸福感も伝わります。実はバーキン事務所に使わせてほしいとメールでお願いして許可をいただいたんです。


【饗庭】  なるほど、そういう見立てだったんですね。ありがとうございました。


では、鈴木美央さんに自己紹介からお願いします。どうぞ。よろしくお願いします。


■マーケットでまちを変える


【鈴木】  皆さん、こんにちは。鈴木美央です。私は、もともと大学の建築学科を卒業しまして、イギリスの設計事務所で5年間、大規模建築の設計にかかわっていました。その後、帰国して、大学で公共空間の研究をするようになり、そこでマーケットを研究し、博士論文として書くことになりました。マーケットとか、市とか、マルシェと言われているやつです。


今は、O+Architectureという自分の事務所を主催して、建築の意匠設計や、公共空間の活用を行政や企業のアドバイザーとしてやっていたり、マーケットのコンサルティングに入ったり、親子の居場所ということなどを専門にして活動しています。空間が使われ、愛されるプロセスというのはあると思うんですけれども、その全てに関わっていくというのが私の1つの職能かなと思っています。


まず、空間をつくるときに、場所のあり方、目指すべき姿、コンセプトを考えます。その次に、実際にどうやって空間をつくっていこうかということで、設計をしていきます。今まで、私も含めてなんですけれども、大規模建築をつくってきた人間というのは、いいものをつくれば使われるだろうと、いいものを提供することが最善だと思っていたんですけれども、実際にそういう場所をつくっても、使ってくれるのは、使いこなしがうまい人間に限られてしまっていて、多くの人に使いこなしてもらうためには、活用、使われ方のデザインというのが必要だと感じています。


今回は、この活用の中の1つの手法であるマーケットについてお話しさせていただきます。まず、なぜマーケットなのかということを、少し話させていただきます。建築家としてまちをつくることを2006年から2011年までしていました。私が世界で一番好きな建物は横浜の大さん橋です。なぜここが好きかというと、ここにいる人はみんなすごく幸せそうなんです。一人で散歩をしたり、デートをしたり、グループで休憩をしたり、すごく自由な空間、そして横浜らしい空間をつくっていて、この建築を見ながら、建築って人を幸せにすることができるんだなということを大学時代、考えていました。


この大さん橋を手がけた設計事務所がForeign Office Architectsというイギリスの設計事務所なんですけれども、ここで働き始めました。そこでは、すごく挑戦的なプロジェクトばかりやってきました。しかも、ボスの方針で、わりと若いころからプロジェクトリーダーをさせていただいて、建築家としてはほんとうに恵まれた環境で、たくさんのチャレンジをしてきました。


ただ、設計者としてあらゆる手段で挑戦することができても、社会に対してできることの限界を感じていました。一つは、2008年のエコノミッククライシスでたくさんのプロジェクトが止まりました。私が何度も徹夜をしていた、3年間かけて育ててきたプロジェクトもあっさり止まりました。ひどいところでは、建設中のプロジェクトも放棄されました。そういうことを経験してきました。


もう一つは、建設技術が伴っていないような途上国で高層ビルの設計のプロジェクトをやっていたんです。そういうときに、お金持ちが住む高層ビルを建てるために(高層ビルの工事なので、)たくさんの人の命を危険にさらすことが必要なのかというような自問をするようになりました。そこで、アカデミックな環境に戻る決意をしました。


大きな建築をつくり出すことで生まれる可能性は確かにあります。でも、それはどの都市にでも、どの時代にでも当てはまるわけではありません。全ての人が幸せな日常を送るために、建築が社会に対してできることは何なんだろうかということを考えるようになりました。そして、見つけた1つの答えがマーケットでした。ロンドンの一般的な道路も週に1度マーケットが開催される日になると、景色や機能が大きく変わります。


私は大規模建築を設計していたんですけれども、この変化にすごいショックを受けました。しかも、その大きな変化というのが小さな要素の集合体でできているということに、とても可能性を感じ、魅了されていきました。


そして、博士論文としてマーケットの研究をすることにしました。ロンドンと東京のマーケットの100事例を実地調査して、400名へのインタビュー調査を行いました。その中で、マーケットの効果として、例えばコミュニティーの形成、場所の魅力の向上、不動産価値の向上といった結果が出ました。さらに、地域経済の活性化、観光資源というような効果もありました。


日本だと、マーケットというのはどうしてもおしゃれなものと思われがちなんですけれども、もともと日常の営みで、そこに必要だからあるものなんです。


まだまだイベントと捉えられがちなんですけれども、都市の起源として交換を行う場所であり、都市の始まりだとも言われています。


また、都市のインフラストラクチャーだとも思っています。ロンドンでは、マーケットは行政により直接運営されています。それについて、行政職員の方にインタビューしたんです。何でわざわざ行政が直接運営する必要があるんだと。そうすると、行政の人は、マーケットはインフラストラクチャーだから、自分たちがやる必要があるんだということを言っていました。私はこの考え方にすごく納得しています。


■個の集合体がまちを動かす


2016年からは自分が住んでいる埼玉の郊外の団地でマーケットを開催しています。今は仕事としてもマーケットの開催を受けていて、複数の場所でマーケットを開催してきました。


マーケットの開催と研究を受けて、一体マーケットは何をしているのかということを説明します。まず、出店者を見つけることというのは、地域の魅力を発見していくことなんです。何もないと思っていた郊外の団地にも実はすごく魅力がたくさんあって、お店は持っていないけれども、すごくすてきな作品をつくる作家さんであったり、店構えは普通の酒屋さんなんですけれども、中に入るとこだわりの店主がいたり、そういう地域の魅力を発掘していくという作業を、まず行います。


その後、地域の魅力がマーケットとしてその場にあらわれると、魅力がビジュアル化してあらわれます。これというのは、皆さんが多分旅行に行ったときとか、マーケットに行きたい、フランスに行ったらパリのマルシェに行こう、バリに行ったら水上マーケットに行きたいと思うのは、こうした理由からだと思うんです。地域の魅力がビジュアルとして目の前にあらわれる。地域の魅力がビジュアルとしてあらわれると、人が集う場が生まれると思います。人が集う場が生まれると、初めて交流や体験が生まれます。交流や体験を通じて、人はまち、マーケット、その場所を「自分ごと化」します。


もう一つ、人が集う場が生まれると、魅力を認知し始めます。ああ、何もない郊外の団地だと思っていた場所に、何だかすてきなものがたくさんあるぞ、楽しいことが起きているという、イメージの認知が始まります。そのイメージ、ポジティブなイメージを持って、さらに「自分ごと化」がされるということは、まちを好きになって、まちの担い手になる。シビックプライドが育まれていくと言うのはこういうことなのではないかと思っています。


つまり、私はマーケットでまちを変えることができると、本気で思っています。隈さんのお話でも、シドニー市が戦略的にマーケットをグラウンドレベルに持ってきているというお話もありました。マーケットというのは効果的なツールとしても注目されています。


そして、マーケットに限らず、個の集合体がまちを動かしていくということに対して期待値が高まっているのではないか、それが都市の中に求められ始めているのではないかということを考えています。


【饗庭】  ありがとうございました。どこのマーケットがお勧めというのはよく聞かれることではないかと思うんですけれども、いかがでしょうか。


【鈴木】  マーケットというのは、そもそもすごく違うというのがまずあります。比較しづらいですが、やはり日本だったら高知の街路市はすごいと思います。


【饗庭】  高知、四国の?


【鈴木】  そうです、四国の高知市の街路市です。高知市が直接運営しています。江戸時代からずっとやっているので、雨にも負けずに、雨が降れば、横をビニールで囲ってやっていたりして、そういうたくましさを感じます。みんな外を使うと雨だからできない、お天気が、台風がと言うんですけれども、高知に行ってもらうとわかるんですが、やはり継続しているだけあって、あの人たちは、うちは台風だってやっていると言っているんです。


そういうときは、常連さんがたくさん買ってくれるし、お店の人もサービスすると、そういう人間らしい関係性の中で成り立っているというのが見えてくるというのはありますね。


【饗庭】  なるほど、ちなみにそれは何を売るマーケットなんですか。


【鈴木】  何でも売っていますね。野菜とかもいろいろ売っているんですけれども、日常に必要なもの、食品とかが多くて。おもしろいところで言うと、市場に流通しないような、芋の茎、そういうのが。


【饗庭】  何ですか。


【鈴木】  芋の茎、そういう部分、普通は食べられないと思うような部分があるじゃないですか。農家の人は食べ方を知っているので、対面販売で売ることによって、普通は流通しないような珍しいものを売っていたりもします。


【饗庭】  どのマーケットでも楽しい、何を売っていてもいいと、そういう大きく捉えておけばよろしいですか。


【鈴木】  いえ、違います。それはすごく重要で、今マーケットとか、マルシェ、すごくブームになっていますが、それが全て魅力的なものかというと、そうではない。ちゃんと目的を持って、それに向かって行動しているマーケットが魅力的だと思います。


例えばその目的が農業支援であっても、地域経済活性化であってもいいんです。一方で、マーケットの開催自体を目的として、人を集めることが目的化されているようなマーケットというのは、ただ混んでいるだけだったりとか、それこそほんとうに人が集まらなかったりというようなものがあると思っています。


【饗庭】  なるほど、ありがとうございます。


島原さんの目から見て、マーケットの可能性、センシュアス・シティの目から見て、マーケットの可能性というのを一言いただきたいんですけれども。


【島原】  「マーケットでまちを変える」を読んで、僕が好きな事例なんかも結構載っていたんですけれども、ああ、そうだよねと思ったんです。センシュアス・シティの項目で、共同体に帰属しているという大きな軸の中で、それをどういうアクティビティーではかるかという個別指標の中に、お店の人やほかのお客さんとおしゃべりしながら買い物を楽しんだという項目を入れています。別にマーケットということを想定していたのではないんですけれども。


数年もすれば無人でレジを通っていけるようなスーパーやコンビニが実現しそうなわけですけれども、それよりも何だかんだおしゃべりしながら買い物をしているという日常が、地元感をすごく生むのではないかなと僕は思って、その項目を入れたんです。ですから、マーケットは非常に僕の話と親和性が高い内容だなと思っているんです。


【鈴木】  私もそれは強く思っていて、商いということが都市にもたらすものというのは、関係性と匿名性の両方だと思うんです。お話はするんだけれども、名前は言わなくてかまわないというような。島原さんの本にも書かれていますが、飲み屋での関係性というのは名刺じゃなく、名前も知らないけれども、仲良しみたいな。匿名性がありつつ、コミュニティーに帰属しているという意識もありながら、自分で選択して自由にコミュニティーに入ることもできれば、出ていくこともできるみたいな可能性というのは、商いという理由があるからじゃないかなとは思っています。


【饗庭】  ありがとうございます。いい話になってきたんですけれども、ちょっと後半の課題も説明したいと思いますので。


今日、何でこの3人なんだろうなと、見ていて思われたかと思います。私は司会なので、何でこの2人なんだろうなというところなんですけれども、明らかに立ち位置が違うお二人をお迎えしています。評価する人とつくる人ですね。すごく簡単に言うと、島原さんはとにかく都市を評価するすべは何かということを突き詰めて考えていくということです。鈴木さんは逆に、最初はドバイか何かの物すごい建物をつくっていたところから始まって、都市をつくろうという立場の人たちということです。


それで、その2つの立ち位置を際立たせるような2つのテーマを出してみました。


1つ目は、どちらかというと、島原さん寄りかもしれません。今日のシンポジウムの大きい主題、先ほどの隈先生との話ともちょっとつながることかと思いますけれども、「都市が都市であり続けるにはどうあればいいか」。都市はどうあるべきで、それはどうあり続けるべきなのだろうかと、ちょっと謎々みたいな質問なんですけれども。もっと簡単に言えば、都市とは何か、それをどう続けていけばいいのだろうか、そのようなことを最初に話していきたいなと思います。


2番目は、それは果たしてつくることができるのかということです。こういうのが都市なんだけれども、じゃ、それをつくれるのか。鈴木さんはマーケットを通じてつくれると力強く言い切っておられますけれども、ほんとうかなという気もちょっとしますので、ほんとうにどうやったらできるんだろうということです。


エリアマネジメントとか、いろいろな言葉が漂っていると思いますけれども、果たしてそうなのかというのを、やや批判的なことになってしまうかもしれませんけれども、ほんとうにつくることができるのか、それにはどうしたらいいんだろうかということです。


今見ていただいている写真は、選手村ができる晴海のあたりから銀座のあたりを見たものですけれども。隈さん流に言うと、失敗だなという感じがちょっといたしますけど、やっぱりこういうのが都市ですね。活気があって、いろいろなものがあってというのが都市ということで、これが最初の1つ目の、都市が都市であり続けるためにはというときに、描いている風景、これをどういうふうに続けていくんだということです。


2つ目の写真は、これは私の家の近所の多摩ニュータウンです。ほぼ写真に写っているのは全部計画されてつくられました。木1本、草1本、全部計画されている。ちょっと大げさですけれども、そういうふうにつくられたまちです。これをつくるときは、都市をつくることができると、今70代ぐらいの人たちなんですけれども、彼らが考えて都市をつくったということで、こういうものに象徴されるように果たしてつくっていくことができるんだろうかと、まちづくりは可能か、エリアマネジメントはどうか、みたいなことが2つ目の議論ということです。


まず最初の都市が都市であり続けるにはどうしたらいいでしょうかというあたりで、何か。


【島原】  「都市とは何か」は難しいお題です。都市がずっと魅力的であり続けている状態というのはどういう状態かと問い直すと、これは実は、チラシにある饗庭さんの考えである「都市とは豊かな生活をしたいという目的のための手段の集合体」となるんじゃないかなと思うんです。日本語は難しいんですけれども。


要するに小さい欲望の意思決定が独立にそれぞれ営まれて、いろいろな小さなトライ&エラーが集まっているのが継続している状況であると思うんです。それは都市の中でいうと、横丁やマーケットなんかも多分そうだと思うんです。多くの出店者が出てきて、何をそこでいくらで売るかはその出店者が勝手に決めていて、しかも、だからといって、お隣さんとかぶらないようにだとか、その場全体の空気をうっすら読みつつも、自分がやりたいことをやっているという感じ。そういう状況で、例えばその店が売れなくなったら、また空いたスペースに次の挑戦者がやって来ると。こういうふうに、人の営みというのを1つのコンテンツだとすれば、それがどんどん新陳代謝しているという状況ではないかなと思っています。


その対極が、例えば大資本が1社で、あるいは国が全部を計画していくような。資本主義と共産主義に例えると、大げさかもしれませんけれども、非常に大きな主体が非常に大きな面積、空間を使って、全部その1社、あるいは個人の意思決定だけでいろいろなことをやっていくとすると、ゼロか1かみたいな、そういう状況になるのかなと思っています。


都市というのは、小さな欲望がすごく複雑に絡み合って、しのぎを削りながら、多様性と調和がバランスしている状態が良いのかなと思っています。


【饗庭】  なるほど。鈴木さん、いかがですか。


■都市の余白


【鈴木】  私は、チラシに「都市とは、あなたと私の関係性の連続」ということを書いたんです。結局は余白というか、そういうハプニングが起きるような場所でそういう関係性というのが生まれてくるのではないかなと考えています。それが、隈さんの言う失敗というのは、結局はそれを許すという余白だったり、饗庭さんがまちの中の余地から新しいことが生まれるとおもしろいという話があったと思うんですけれども。


こういう余白をどう使いこなすか、そこでどういう余地を生むかみたいなことが、都市の中で関係性とかがつながってくるんじゃないかなと思っています。あるような、ないような人と人との関係性とかって、常に実はすごくいっぱいあって、それが匿名性なのか、コミュニティーなのかということは別としても、物すごい関係性の集積の中で自分たちは生きていると思っています。


特に、私は子供を産んでからそれを強く感じるようになりました。子供を連れてまちを歩いていると、ほんとうに人に迷惑をかけないようにとか、あるいは人から危害を加えられないようにと、守るべき者ができた瞬間に、いかに気をつけるべき人間がたくさんいるか、みたいなことを感じたんです。そういう関係性がうまく回る場所というのが、余白なんじゃないかというふうに考えています。


【饗庭】  余白みたいなものが都市の中にあって、それは島原さんの言葉で言うと、新陳代謝を生み出していくということ。わりとお二人、同じ方向を向いていらっしゃるというふうに思うんですけれども。


1カ月前、3人でぐるっと吉祥寺を歩いたんですが、いかがでしたか。今の新陳代謝とか余白みたいなもので、吉祥寺はトップの都市であり続ける可能性があるのかというのは、いかがですか、率直に言って。


【島原】  さかのぼると大学生のころですから、今から30年ぐらい前は荻窪のあたりに住んでいまして、遊びに行くのは大体吉祥寺だったです。最初は東京に出てきて六本木とかで喜んで遊んでいたんですけれども、何かやっぱり俺は田舎者だ、無理だな六本木は、みたいな感じで、吉祥寺で遊んでいたんです。今でも吉祥寺にはときどき来ているんですけれども、そのころに比べて、すごく拡大しているなという感じはしてたんです、吉祥寺が。


【饗庭】  吉祥寺が拡大している?


【島原】  要するに商業のお店が、前はそんなところまで広がっていなかったよねというところまで、すごく広がってきたなと。東急の裏あたりとかもそうですけれども、昔、丸井の横を通って井の頭公園に向かう道なんて、そんなにお店はなかったですね。だから、あの辺に結構路上駐車して遊んでいたりしたんです。すみません(笑)。すごくお店が増えたなと。


小さなお店もいっぱい増えて、楽しくなってきているのは事実なんだけれども。一方で、特に中心部の方はナショナルストアというか、ナショナルブランドというか、そういうものがすごく増えて、こんなに池袋的だったかなとかね。そういうターミナル駅っぽい雰囲気も出てきたりとかしていて、その両方ですね。おもしろい店が外に広がりつつ、真ん中のほうはちょっとチェーン店ぽくなったなという感覚がします。


【饗庭】  ちょっとまずいぞと。


【島原】  どうでしょうね、聞けば、すごく地価も上がっていると。テナントの賃料もすごく高いという話なので、チェーン店しか入れなくなるような状況なのかもしれないんですけれども。僕は、それであっても悪いとは思いませんが、吉祥寺っぽさという意味においては、もう少し外に広がっているかもしれませんね。


【饗庭】  鈴木さんはいかがでしょうか。


【鈴木】  私もまちを歩いた後に、ずばり聞かれたんですよ、住みたいですかって。私の答えは正直に言うとノーでした。なぜかというと、それはやはり自分のセンシュアスの差だったんです。私は神戸で生まれ育っているんですけれども、そういう人間からすると、ちょっと過密過ぎて。子育てをしているという状況もある中で言うと、私にとってはもう少し余白があるまちのほうが安心できる、ほっとするみたいなところはあるなとは思っています。


ただ、やっぱりもともとまちが持っていた小さな店舗だったりという魅力、今ちょっと失われかけているという話もありましたけれども、吉祥寺らしさというのをまだ感じられるところもあるんだなというのは思いました。


【饗庭】  マーケット的なものは生まれそうにない?


【鈴木】  マーケット的なものは、そうですね、生まれてもおかしくはないんですけれども、必要かどうかと言われたときに、吉祥寺の場合、供給が多いじゃないですか、店舗が多くて。


【饗庭】  お店が多い?


【鈴木】  お店が多くて、あらゆるものが……。例えばすごく安いお野菜を求めている人がいれば、そのニーズも満たせる、有機のこだわりのお野菜を求めている人がいても、そのニーズも満たされるという意味では、特別マーケットが必要なまちかというと、そうではないかもしれないという印象がありますね。


逆に、郊外の何もないまちのほうが必要だったりとか、人口が減っていて商店が成り立たなくなったようなまちのほうが必要だったりするのだとは思います。


【饗庭】  切実さみたいなものがないというか、まちにこれがないと困るみたいなのがだいぶぼやけてしまったということなのかもしれないですね、今日の話を聞きながら思ったんですけれども、もしかしたら新陳代謝が起きていないのかもしれないと。島原さんが広がっているという話をしたので、お店があったところが抜けて、また新しい店が入るというのは新陳代謝だと思うんですけれども。どちらかというと、広がっているということは、もともと住宅があったりしたようなところがお店になっていくということだと思うので、新陳代謝ではなく、都市計画ではスプロールと言うんですけれども、いわゆる浸食みたいな感じです。


それは、下手すると焼き畑みたいになってしまう可能性が実はあって、焼き尽くされた中心部に何も残っていない。例えば日本の地方都市とか、あるいは一時期の東京、2000年ぐらいまでの東京というのは、人口がどんどん外に逃げていって、商業の中心と暮しの中心がどんどん外に逃げていった。みんなが豊かな暮しをしたいから、先ほどの切実なニーズがあるから外へ外へと行ってしまった。それで気づいたら、中心部に誰もいなくなっていたということが起きていたんですね。


だから、もしかしたら、そういうふうに少し見たほうが、危機を正確に捉えられるかもしれないなと、今お話を聞きながら思っていました。


【島原】  私のイメージとしては、地方都市のスプロールというのは、やっぱり車とのセット。車社会で、郊外に立派な道路ができていて、そこでショッピングモールができていてという、そういう形でドンとすごく集客力の高いものが何もなかった郊外に配置されて、中心地をスカスカにする形で分散しちゃったという感じはするんですけれども、吉祥寺の場合は中心は中心として強いまま、しみ出している感じがしてます。


車で吉祥寺の外に行こうぜと、そんな感じではないので、要するに歩いていて店が途切れないなという感覚があったんです、この前歩いたときに。なので、いわゆるスプロールとはちょっと違うと思うんです。


【饗庭】  そうですね。歩かなきゃいけない、車にむしろ乗れないんです。今回は、逆にそれが何か新しいものをつくり出していくかもしれない。


■都市生活の匿名性と関係性


鈴木さんが先ほどおっしゃっていた匿名性、飲み屋での匿名性でしたっけ。島原さんの話を鈴木さんが引用してお話しされていたんですけれども、いい飲み屋さんに行くと、一人でふらっと行っても隣の人と自然に会話が生まれる。島原さん、きれいな女性と盛り上がったという話を、たしかしていらしたけれども(笑)。


【島原】  そうですね(笑)。


【饗庭】  行って、それで意気投合して盛り上がって、でも、お酒の場での話。1週間後に行ったら、またいるかもしれないしみたいな、それがすごくいいところだという、そんなことが匿名性だったかなと思うんですけれども。それが減っていますか、吉祥寺というのは。


【島原】  どうなんでしょう、そこは。僕は、ここに住んでいるわけではないので、ちょっとわからないんですけれども。チェーン店的なものというのは、比較的匿名性が高いんじゃないですかね。でもチェーン店で他の客と仲良くなるとも思えない。


【饗庭】  匿名性が高くて、かつ、隣の客ともあまりしゃべらないですね。


【鈴木】  関係性がないタイプの匿名性。匿名性も多分2つあるんです。


【饗庭】  匿名性と関係性の2つの言葉で考えればいいかな。


【鈴木】  匿名性がありつつ、関係性があるという状況がわりと理想的かなと。もちろん、もっと関係性の深いバージョンもありだとは思うんですけれども、匿名性がありながら、関係性があるというのは都市の魅力だと思うんですね。


仕事で地方に行くことが多いですけれども、地方に行って、行政の人の車に私が隣に乗っていると、車ですれ違うだけで誰が乗っていたんだと、すぐ電話がかかってくるらしくて(笑)。それって、やっぱりちょっと苦しいと思うんですね。


【饗庭】  匿名性がない状態?


【鈴木】  匿名性が全くない。だからといって、全く匿名性だけでも豊かではない。関係性が明らかな匿名性があるということが積み重なっていくことが健全なのではないかなと思っています。


東京に出てきて、新宿駅で人とぶつかって、すみませんと謝ったら、向こうはすみませんと言っていなかった。都市の匿名性というか、匿名性のある関係性を持って、ちゃんと普段から生きていれば、そういうものがもう少しやわらかくなって、全体的に生きやすい社会ではないかなという興味も少しあります。


【饗庭】  吉祥寺とか、郊外の都市を歩いて思うのは、住宅地が後ろに控えていて、住宅地に入った瞬間にものすごく匿名性が上がるというか、知り合いにしか挨拶をしなくなる。知っている人には挨拶するけれども、知らない人には挨拶しない。飲み屋さんで少しお酒を飲んでハイな状態で、匿名性の中でおねえさんとお友達になることは、僕も上手じゃないですけど、頑張ればできそうな感じがするんですけれども(笑)。


じゃ、暮しの中でそういう関係というのはどれぐらいできるんだろうとか、もしかしたら東京のこのあたりの都市の豊かさを解く鍵なのかもしれないなと、ちょっと思ったんですけれども。


【鈴木】  まさにそうで、それがお店の可能性だと思っています。商店街なのか、マーケットなのかわからないですけれども、その場に愛を持ってお店の人がやっている場所ですね。コンビニだっていいです、その店員さんがそこに愛を持っていれば。


子供を商店街に連れて行くと、大きくなったねとかよく言われます。おそらくうちの子の名前もわからない。でも、ずっとそういう関係をつくっていれば、小学生ぐらいになって一人で動くようになっても、そこで何かあったら助けてくれると思うんですよね。


そういう都市というのは、私の場合、郊外のニュータウンなので、都市とはまた少し性格が違うかもしれないんですけれども、そういう緩い関係性があって、いろいろなところにセーフティーネットが埋め込まれているのではないかなと思っています。


【島原】  そうですね。吉祥寺のような街は住宅地と商業地がすごく隣接している。ここからここは住宅地で、ここからここは商業地とはっきりしているわけではなくて、徐々にグラデーションになっていますよね。だんだんと密度が下がっていて、住宅だけのエリアに広がっていく。こういうところというのは、関係性と匿名性のバランスがよくて、実は、僕は女性が一人で暮らしていてもすごく安全だろうと思っています。


おそらく饗庭さんの学校がある南大沢あたりに夜10時ぐらいに帰って来て、駅から15分歩くと恐いと思うんですよ。そうでもないですか。


【饗庭】  いや、安全で、大丈夫ですよ(笑)。


【島原】  安全ですか(笑)。


【饗庭】  ニュータウンも20年たつと、結構。


【島原】  ということですかね。商売人はそのストリートの安全を見守っているというようなことをジェイン・ジェイコブズ(※3)も言っているように、結局、その場所に愛着をもつ人がいるというところを歩いて帰る安心感のほうが、セキュリティーカメラがある安心感よりはるかに高いような気がしています。それは、関係性でも、匿名性でも、どっちかわからないんですけれども、やっぱりすごく商業の必要な部分というか、すごくいいところかなと僕は思っているんです、この吉祥寺のまちとかもそうですし。


例えば東横線でいうと、学芸大学だとか、ああいうふうに商店街と住宅地がわりと溶け合っているところというのは、僕はすごくいいなと思っています。


【饗庭】  私が最近やったり、やろうとしたりしていることは、その辺の子供に物をあげようと。小さい子ですが。大阪のおばちゃんがアメを持っていて、知らない子にあげる場面を見かけることがありますが、あれはすごくいいなと思っていまして。


それは、ただの習慣としてやることなのかもしれないけれども、そういうふうにして知らない人と匿名性、関係性をうまく操作する。もちろん、全然知らない子ですから、親におやつをあげていいですかと確認してからあげなければだめなんですけれども。


そういうことを何回かやっていると、すごく楽しかったんですね。そういう積み重ねはもしかしたらおもしろいかもと、今お話を聞きながら思いました。


【島原】  そういうことができる場所というのは、基本的に皆が場に対して信頼をおいているわけですね、そこにいる人に。つまり、基本的に人は善良であるという前提に立った上で成り立つ行為ですね。


【饗庭】  はい。


【島原】  これって、やっぱりすごくマーケット的というか。アジアのマーケットに行くと、ちょっとぼられるかもしれないけれども、そもそもマーケットというのはよくわからない人と取引する場所ですから。基本的にはこいつは信頼できるだろうという前提の中で買い物をしているわけです。都市の信頼度みたいなものはものすごく重要で、饗庭さんのお菓子をあげるとか、大阪のおばちゃんのアメちゃんとか、毒が入っていたらどうしようなんて、思わないわけですね(笑)。


【饗庭】  言われそうなので、そこは気をつけてあげていますけどね(笑)。


【島原】  それが成り立っているというのは、すごくいい状態なのではないかなと思います。


【鈴木】  実はそこって、習慣とかいう話になったこともありますけれども、ほんとうは都市においてかなり大事なことなんじゃないかなと思っています。私、この間、家族で台湾に旅行に行ったんですけど、皆さん、子供に対してめちゃくちゃ親切なんです。それこそアメとか、お菓子とか、すごくたくさんくれるんです。


私、子供2人いるんですけれども、台湾だったら3人産んでもよかったかなと思うぐらい、みんな親切だったんです。結構、こういう、人が子供を産むか、産まないかとか、都市の生きやすさ、生きづらさということが実はすごく大きく影響しているんじゃないかなとも思っています。人口をどうやって支えていくか、プラスしていくかみたいな話にも実はつながる。アメをあげれば、人口が増えるという問題ではもちろんないですけれども、関係性をつくっていって、住みやすい、生きやすい、たくさんの関係性の中にさらされたときに、その関係性が心地よいと思える関係性である、特に弱者になったときに必要だなとは思います。


【島原】  ニュースで流れて、気になった方も多いかもしれませんけれども、ある分譲マンションで挨拶禁止にしようというルールができたんです。管理組合の住民同士の話し合いの中で、小さいお子さんがいるお母さんが、うちの子に挨拶しないでくださいと。知らない人に声をかけられたら逃げなさいと教えているから、うちの子には声をかけないでくれと言ったんです。それを言われたら、ほかの人だって気分が悪いから、じゃ、やめたと言ってこのマンションでは挨拶禁止となった。非常におかしな話、話の短絡さがすごいんですけれども。都市全体がそういうふうになっていくと、めちゃくちゃ気持ち悪いですね。


【饗庭】  確かにそうですね。それで、子供とマーケットの話に戻すと、知らない人に挨拶をするのは勇気が要るんですけれども、間に子供がいると挨拶しやすくなるみたいなのもある。マーケットも同じで、間に物があって値札が書いてないものがあったとして、例えばこのイチゴはいくらみたいな会話をすると。こちらに理由があるから会話をする、向こうも理由があるから会話をすると。やっぱり人と人との間に、子供にせよ、イチゴの値段にせよ、何らかの理由みたいなものがあるというのが、都市の関係性をつくるのに役立つことなのかもしれないと思いました。


【鈴木】  例えばリタイアした後の男性が、コミュニティーのために町内会活動に出てきてくださいと言っても、なかなか出てこない。出てきたとしても、関係性がつくりづらかったりするんです。でも、毎週、土曜日の朝、パンを売っているので、パンを買いに行こうかなと思ったら、買いに行けるんです。そうすると、そこでコミュニティーがだんだん生まれてくるんです。


そして、そこがだんだん安否確認の場になったりとか、そういう商いだったり、理由づけをして自分の好きなように動けるという1つの媒介の装置になっていると思っています。


【饗庭】  そうですね。


【鈴木】  人間として心地よいみたいな。会話もそもそも喜びだと思いますので。


【饗庭】  ええ、ただ、今どきの買い物は会話が全くない状態になっている。


【島原】  それって多分両方必要ですよね。無人レジで、電子マネーでピピっとやれるのは便利だけれどもつまらないし、キオスクみたいなところでいちいちおしゃべりしないと買い物ができないんだったら、それもちょっと不便なときもあるし、両方欲しいなと僕は思いますけれども。


【鈴木】  最近思っているのは、もしかするとあと10年ぐらいしたら、全部ネットで買うか、全部マーケットか、どっちかに分類される可能性があるんじゃないかと。


【饗庭】  間がないと。


【鈴木】  間がなくなる。中間が一番評価されなくなって、どっちかにみんな好みが振れて、さきほど島原さんがおっしゃったように、そのときによって利便性のよいほう、自分の心地よいほうを選んで、何か真ん中のものが、スーパーマーケットというものが全部なくなっちゃっているというのが、大いにあり得るのではないかなと思っています。


【饗庭】  最初のセッションのお題は「都市が都市であり続けるにはどうしたらいいか」ということだったんですけれども。一言でまとめると、間に何か値段をつけないものを置いてみるみたいな、それはマーケットかもしれないし、子供を介した会話なのかもしれないし、別のものかもしれない。それは商業地の再生とか、商店街の話だけではなくて、住宅街のところなんかでも当てはまることなのかもしれません。そんなことが1つ目のお題に対して、何となく見えてきた答えなのかもしれません。


■個のやる気と場のデザイン


2つ目の話題のほうに行きたいと思います。じゃ、今のようなことを積極的に仕掛けていくことはできるんだろうか、あるいはどう仕掛けていったらいいんだろうかという、そういう話に行きたいなと思います。


鈴木さんは、とにかくマーケットが全てを救うと言い切っておられるんですけれども、できますか。


【鈴木】  できると思います。個の集合体であるということがやっぱり大事で、それぞれの個が力を持っているものを束ねていく。それが必要であれば巨大化することも。個が増えればいいだけなので、必要であれば増えていって、ニーズがあって100軒だと。逆に、都市が縮小してそんなにニーズがなくなって5軒しか要らなくなれば、どんどん減っていってマーケットが小さくなっていくという感じで、個の力をかりて大きく変えていくことはできると思うんですけれども。


ただ、個をどうやって束ねるかというデザインみたいなことがすごく重要で、それが結構難しいことだと思っています。饗庭さんの本の中でも、「弱いモチベーションを合成する」という言葉が出てきたと思うんですけれども、それをどう合成するかとか、個を束ねていく手法が、マーケットで言うと、どうやって運営するかということが重要になってくる。そこはまだ模索段階だと思っています。


【饗庭】  今の話をよく街場のまちづくりのやっている議論に戻すと、要するにキーパーソンがいないぞという話になりますね。企画は良いし、マーケットをやろうと言っているんだけれども、本気でやる人が地域から出てこないから、全然動かないみたいな話になって、その個をどうやって見つけて、力づけていくか。やはり、それが大きな問題だということです。


私がそういう話を書いたときに、昔の人みたいに全身全霊で商業をやろうと思っている人が多分いなさそう。一生ラーメン屋で勝負するとかいうような人はあまりいなさそうで、むしろ1日3時間でいいからカフェをやってみたいとか、1日2時間だけだったらバーのカウンターに立ってみたいとか、弱いモチベーションという言い方をしたんですけれども、それぐらいだったらやってみたいような人たちは、まだいそうだと。


それをかき集めるしかないだろうなということを本に書いたことがあって、それを鈴木さんが憶えていてくださったんですけれども。何にせよ、キーパーソンをどうやって見つけるかとか、いかに束ねるかとか、その辺が大きな問題ということなんですよね。


【鈴木】  そうですね。そこで1つ、マーケットが可能性としてあるのは、マーケットというのは来場者として来ることはものすごくハードルが低くて誰でもすぐ行けるじゃないですか。そうすると、そういうふうに来ていた人が次第に出店者側になるということがあるんです。さらに、出店していたら、運営者が突然やめると言ったときに、出店者が運営者側に変わったりすることや、あるいは別の場所で運営者になったりすることもあるんです。


家を買う人が家を建てるようになるかというと、そうではないじゃないですか。マーケットの場合は、特に何か大きなしつらえがあるわけではなくて、個を束ねるという能力さえできてくれば可能なことなので、そのレベルアップ、寛容度が高まるというのは、キーパーソンをつくっていく可能性の一つなのではないかと思っています。


【饗庭】  ありがとうございます。島原さんは、いかがでしょうか?


【島原】  やっぱり小さな多様な主体がチャレンジできるような状況をつくるのがいいのかなと思っています。ハードとしての空間的にもソフトとしての運営面でも、そういう余白が必要かなと思います。


饗庭さんが紹介された多摩ニュータウンの写真があるじゃないですか。何かやろうとしたときに、あの状況じゃ、どうにもならないような気がしていて。ハードとしては計画されつくされた空間ですし、逸脱を許さないような整然とした画一性を感じます。つまり、最初にお二人が話していた余白というものが、何かここにあるのだろうかという感じがしています。じゃ、これをどうやって都市にしていくんだろうという話で、饗庭さんは、逆にどういう感じでお考えなのかなと思っていて。


【饗庭】  多摩ニュータウンは大学のそばなので、いろいろとまちづくりをやってくださいとか、学生と一緒にいろいろやったりするんですけれども、ほんとうに難しいです。こういうところにベンチを置いたりとか、屋台を置いたりということをよくやるんですが、そもそも歩いている人が少ないので人が来ないですね。


やっぱり都市の中でもツボみたいなところって絶対にあるはずなんです。うまく人が流れていて、そこで何かやるとすごくおもしろくなるような場所があるのは間違いない。あの写真は特にこうしたことを意識せずに多摩ニュータウンらしい住宅街を撮ってきたので、そういう場所ではないんですけれども。


【島原】  なるほど。


【饗庭】  これはマーケットでも同じだと思うんですけれども、やはりどこでもできるわけではない。当たり前のことかもしれないですけれども。


【島原】  そうですね。再開発をやっていらっしゃる担当の方とかが私のところに話を聞きに来られるんですけれども、再開発でいうと、とにかく小さなお店が出せるスペースだとかをとっておくべきだろうということを話しています。


あるいは、例えば公開空地をつくるんだったら、後でキッチンカーとか、屋台が入れるぐらいのスペースはとっておいてほしいとか、僕が思っているのって、せいぜいそのぐらいなんです。つまり、誰かが挑戦したいときに挑戦できる、大きくはソフトの話もあると思うんですけれども、多少はインフラやハード面での手当も必要かなと思っています。そういうのが都市をつくるというとあれなんですけれども、必要かなと僕は思っています。


【鈴木】  こういう一見してどうしようもなさそうな感じの場所を生かすときって、やっぱり私は設計者が入るべきだとすごく思います。


【饗庭】  設計者?


【鈴木】  はい。公共空間の活用をするときって、マーケットでもそうですし、何か椅子を置くとか、結構ぽんぽんと置いてしまうじゃないですか。別に建築家に頼まないじゃないですか。そういうときに、建築家って、この場所をどうやって生かすかみたいなこと、どうやってよく見せるかということを考えていて、そこってすごく重要なのではないかなと思っています。


マーケットをつくる場合でも、どこに設置するかがすごく大事で、例えば、先ほどの多摩ニュータウンの住宅街の写真にあったような並木道だって、そういう意味では景色としてすごく生きると思うんです。設計する視点というのが、まだ抜けているのかなと。世の中では公共空間の活用の点もあると、最近考えていたりもします。


【饗庭】  なるほど、デザインの力が大事だというのは、私も全く同意します。けれども、先ほどのような場所にデザインをすると、デザインの中のデザインになってしまって、よりどつぼにはまるんです。すごくごちゃごちゃしたまちの中に、すごくいいデザインがあると、ものすごくデザインが引き立つんです。背景がごちゃごちゃしているから、いい場所ができた、買い物をしたくなるという感じになるんですけれども。


これは難問ですね、こういう場所に物をデザインしてつくっていくというのは、かなりの難問だなと思っています。


■成熟化社会の再開発


【島原】  私は今、日本の設計という仕事にあまり期待が持てなくなってきているんです。ある時、一大プロジェクトの選手村跡地のマンション開発の絵とかを見せられて、いつの時代の話よとか思ったりしたわけなんです。そう思っていたら、次の大阪万博の絵がまたすごいです。こんなのほんとうにつくるのみたいな。昭和に描いた21世紀みたいな絵がいまだに国家的プロジェクトとして出てくることに、僕はすごく問題意識を持っているんです。


【饗庭】  そうですね。ああいうぴしっとした高層ビルが建ち並んでというところは、僕はもうすごく飽きていて、違う道を探したいなと。アマゾンとかのインターネットか、マーケットしかないというふうに世界はなっていくのか。私は真ん中辺が欲しいんです。具体的に言うと、多分吉祥寺の将来かもしれない、無理やり持ってきましたけれども。要は、吉祥寺はすごく小さい土地に別れてしまっているので、オリンピックの選手村みたいな、要は再開発みたいなことって、土地の値段も高過ぎると思うので、おそらくもうこれからできないんじゃないかと思います。


小さい土地でつくった状態の未来の都市像みたいなものが必要なのではないかと思うんです。マーケットはどうしても建物をいじらずに、路面をうまく使いましょうという話になってしまっていて、建物の部分はあまりさわらないという感じがする。


建物部分をさわるとなると、今は再開発というか、巨大なものしか選択肢がないような感じになっている。第3の道、ないかなと思うんですけれども。と言いつつ、ほかに答えがあるとは思えないんですけれども、どうですか。


【鈴木】  先ほどの対談で話題が出たシドニーのプロジェクトなんかは、再開発の中でマーケットの要素を取り込んで、ハイブリッドにややしてみたというような試みだと思うんです。それと第3の道とは違うとは思うんですけれども。


【島原】  僕はこういう立場でこういう物言いをしていると、再開発は全部だめと言っているように聞こえるかもしれない。決してそうではなくて。例えばよくありがちなのは、今その予定はないと思いますけれども、ハーモニカ横丁を潰して、そこにタワーマンションを建てて、商業施設をどうしようと悩んでいるパターンなんですね。せっかくいいのがあったのを潰して、タワーマンションを建てて、足元の商業で困っている。


だったら、それを残して違うところに建てればいいじゃないかと思ったりするんです。残し方はいろいろ難しいと思いますけれども、三菱地所あたりがやった手法は、あれはすごいなと思います。そこまで空中権で容積を移転していいのかというぐらい場所を動かしますけれども、やっぱり結果的にいいまちをつくったわけですよね。


そういうふうなやり方とか、今の法律の中でもやり方はあると思うんです。ですから、そういう超高層マンションが建ちつつも、足元の現状のまちを残すというやり方だったら、まだ手法としては研究の余地があるんじゃないかと、僕は思うんですね。全く建てないというのも現実的ではない気もするので。


【饗庭】  鈴木さんは何か。


【鈴木】  あとは、今超高層を建てるというときに、やはりどうやって床を埋めるかみたいなことが中心になっていると思うんですね。でも、建築の力を私は信じていて、何か大発明というか、答えを誰か見つけ出すときが来るんじゃないかとも少し思っています。横浜の大さん橋は1つ、そういう例だと思うんです。歴史的に見ると、ああいう建築というのは今までなくて、今でこそ屋根を開放して屋上を使うということは当たり前になっていますけれども。そういう1つの形態からの解答というのも、もしかすると、いつか誰かが見つけてくれる可能性もあるのではないかと思っています。


【饗庭】  形から、デザインから何かが生まれるということですね。そうかもしれないですね。


ちょっと難しい話に行きたいんですけれども。僕が隈さんにもお話をしたことですが、どんどん土地が割れてきていまして、おそらく戻らないと思うんです。覆水盆に帰らずではないですけれども、1回土地を割ってしまったら、二度と都市はもとに戻らないのではないかなと思っていて、こういう小さくなってしまった状態で次の戦略を考えなければいけないと。


それで、それに対する答えは、小さいところを1つ使って、例えばマーケットをやってみましょうという鈴木戦略と、あるいは小さいところを10個ぐらい集めて再開発しましょうという再開発戦略というのと、その2つぐらいがあると。中間が欲しいなとか、どうやったら違う道があるんだろうかということを考えたいなと思っているんですね。


今、土地を交換したり、分配したりして、新しい都市をつくるということを考えるとき、私たちの選択肢はだいぶ限られてくると思うんです。デベロッパーが外から札束を積んだ車でやってきて、まち中の土地を買い上げてくれるのをみんなで待つか、一方で、政府にも妙に期待しているところがあって、行政が税金をたくさん積んだ車でやって来て、まちを買い上げて公園をつくってくれないかなとか、道路を通してくれないかなということを考えている。その2つぐらいしか今の選択肢にないんじゃないかと思うんです。


しかし、その2つはどうやってもつまらないものしかつくれないぞとなっているということなんです。だったら、ほかのやり方も鍛えなきゃだめだなと。1つは、地域ということはまだ僕は信じたいと思うので、まちのつながりの中で、誰々さんの空き家と誰々さんの空き家とで交換してパブリックスペースなんかをつくってみるとか、触れ合いの場所をつくってみるとか、恒常的なマーケットをつくってみるとか、その地域の中で交換とか分配をするという仕組みができると、とてもおもしろいと思います。ただ、じゃ、地元の自治会が不動産事業をやれるかというと、全くやれないわけなので、できないところのほうが多いんですけれども、地域の可能性は考えたいということですね。


あとは、家族の可能性も考えたいと思っていて、日本というのは自分が持っている建物を最後は相続で分配していくという仕組みになっています。自分の子供が3人いたら、3分配するということになってきて、仲がよかったら土地はそのままで、仲が悪かったら土地が3つに分かれちゃって、それぞれ小さいマンションが建ちますみたいなことが起きてきたわけです。その家族というのをもう少し広く捉えてみる。


例えば、島原さんの出身はどこですか。


【島原】  四国の愛媛県です。


【饗庭】  愛媛ですか。愛媛に行ったら、島原本家みたいな存在が。


【島原】  ああ、あります。


【饗庭】  空き家になっていませんか、大丈夫ですか。


【島原】  今のところは大丈夫です、弟が継いだんで。


【饗庭】  例えば、島原家の土地は島原家直系の島原なにがしさんが持っていて、その人は60歳ぐらいでアイデアがないから困っていて、自分が亡くなったら売るしかないと思っているかもしれない。そこで、島原一族が集結して考えることによって、もしかしたらその土地の有効活用の可能性が広がるかもしれない。


こうした家族の関係みたいなものを、もう一回顕在化させる、見える化してきたところで、もしかしたら別の開発の可能性があるかもしれないなと考えていることがあります。次の仕組みとは何かというのは、とても大事な視点かなと思います。


【島原】  やっぱり土地をいくらかでも持っていると、それが資産になるという前提があったので、みんな欲しがったわけですね。ところが、先ほどの例え話にあったように、地方の実家が空き家なんていう事例はほんとうに多くなりつつありますし、逆に言うと、自分の持っていたものに全く価値がないというか、持っているだけで逆にコストがかかる、マイナスの不動産だと言っている方もいらっしゃいますから。


そうすると、所有していたことに対して価値がなくなるものを、どうやって使うかという話になっていくので、ベース、モードが変わってきちゃっているのかなと。そういう中で、島原一族だけでこの土地を活用するといっても、うちの兄弟なんかも3人しかいなくて、親戚づきあいもそれほどなくて、それぞれみんなばらばらになっていますから、なかなか難しいんですけれども、そこのやり方というか、何か考えなければいけない土台が複雑になってきているという気がしています。


【饗庭】  さて、質疑応答の時間は第3部に持っていくという話にしておりますので、最後、少し言い足りなかったこととかがあれば言っていただいて、終わりたいなと思うんですけれども、いかがでしょうか。


【鈴木】  じゃ、ちょっといくつか私は子育て視点みたいな話をしたので、そのことで言い足りなかったことを。やっぱり今までって、親子の居場所を考える、子育て支援というと、公園をつくればいいみたいな話だったと思うんです、ハードを置けばいいみたいな。


ただ、そこに利用者の目線みたいなものがほんとうに欠如していると思っています。公園のヘビーユーザーになってみたら、いかに公園が使いにくいか。いかに設計がされていないか。設計はされているんですけれども、利用者目線で設計がされていないか。都市全体がそういう面がすごく多いと思っています。これは、私たち女性側の問題でもあるんです。私たちがそこに関与していかなかったからこそ、問題でもあるんですけれども。


ここをもう一歩引き寄せていかないといけないんじゃないかなと思って。それが、さっきの関係性という話にもつながっていきますし、整備をするというときの話にもつながってくると思うんですけれども、使いやすく、居心地がいいという場所をつくっていくことで、ほんとうに人口というのは増えていく可能性だってあるのではないかぐらいのことは考えています。


【島原】  ここは吉祥寺なのであれなんですけれども、吉祥寺は人気を保ち続けていて、人口も増えていてほんとうにうらやましがられる街だと思うんです。


例えば地価が高いということは、1つ、すごく価値があるというふうにみんなが認めているからだとは思うんですが、先ほど隈さんがアライビングシティーという概念を使っていましたけれども、新しい挑戦者がどんどん生まれにくくなっている可能性もあると思うんです。それは欧米だとすごいスピードで急速にジェントリフィケーションがやってくると結局おもしろい人たちが逃げていく。吉祥寺にも同じことが言えて、おもしろい人たちが逃げていくと、他所のおもしろい人たちも入ってこないというような状況にもなりかねない。


吉祥寺といえども、そんなに盤石というわけでもないんじゃないかなということは思っています。新しい人たちが入ってくるかどうかというのはすごく大事で、そういう人に、新しい人が入ってきやすい余白が残っていることが、吉祥寺だけの話ではないんですけれども、都市にはすごく大事だと思っています。


それには安い家賃のところが必要だとか、女性も含めて弱者がいられる場所も必要だったり、あるいはこれから外国人が増えていくと、外国人に対しても心地よいところが大事でというような、いろいろな人に開かれている状態がすごく都市に望まれていることではないかと思います。


【饗庭】  そうですね。吉祥寺が都市であり続けているというのは、うまく行っているんだと思いますが、いろいろお話しした中で、少し横からみると、弱いところも見えてくるかもしれませんし。


吉祥寺であれば、とても難しいところを狙うという話になってしまうかもしれませんけれども、弱いところを認識して、それをどう強みに変えるのかといった地元の方々の議論に、本日の私たちの話を役立てていただければと思っています。


では、これで第2部のパネルディスカッションを終了させていただきます。拙い司会におつき合いいただきまして、ありがとうございました。(拍手)


第三部 トークセッション

【司会】 こちら第3部の会場では、フィンガーフード、気軽に食べられるものをご用意しておりますので、お飲み物を片手に質疑応答にご参加いただいたり、また、ご来場いただいた方同士でも、これまでの対談やパネルディスカッションでの話題を気兼ねなく語り合っていただける楽しい時間にしたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。


まず、最初にこのフォーラムにお申し込みいただいた際にご質問を幾つかいただいておりますので、その中から1つずつご質問をさせていただきます。


■都市計画と自動車と住まいの選択


では、まずは島原さんに質問です。「以前は、つくば市のように広幅員な道路や歩車が分離されている整然としたまちが理想とされていて、昨今はにぎわいが創出されるようなヒューマンスケールのまちが理想とされているように思います。人々が都市に求めるものは時代とともに移り変わるのでしょうか、または、都市に求めるものは普遍的で、国が進める政策が移り変わっているだけなのでしょうか」という内容のものをいただいております。よろしくお願いいたします。


【島原】  そうですね、普遍的な部分もあるだろうし、移り変わる部分もあるだろうというのが私の答えです。ずるいようで恐縮なんですけれども、多分そういうことだと思うんです。つくばのような広い道路で歩車分離というのは、要するに自動車が生まれてから出てきた発想なんです。20世紀の最初のころに自動車が出てきて、いかに都市を変えるかというような文脈の中から出てきた話だと思います。自動車というものが社会に与えるインパクト、都市、経済、社会、全てにおけるインパクトが、おそらくものすごく大きかったんだと思うんです、100年前は。


ところが、だんだんそのインパクトが小さくなってきて、むしろ歩いたほうがいいよねということになったときに、そんなに広い道路は必要ないねという話になってきて、ヨーロッパなんかでは、まちの中心部からは車に出ていってもらおうという方向に今なりつつあるわけです。そういった意味では、時代で変わった大きな部分が車の位置づけなんですね。


今後どうなるかはわからないんですけれども、よくAIがどうのこうのとか、実験的なことも言われていますけれども、それらも100年経ったら、あれって何だったんだっけみたいな話にもなりかねないわけです。だからといって、何もしないというわけにはいかないので、難しいところだとは思いますけれども。大勢の人々が生身で生きている場であるということはどうやったって変わらない都市の条件ですから、人間という生き物が変わらない限り普遍的なものはあると思います。ただその生活が車に頼っているのか、自転車に頼っているのか、公共交通機関に頼っているのかというのは時代によることだと思います。


【饗庭】  今の日本というのはニュータウンに住みたい人はニュータウンに住めるし、町屋に住みたい人は住めるし、郊外の戸建てに住みたい人は住めるし、そう意味ではすごく選択肢が多い状態になっていて、それは財産だと思うんです。だから、今のご質問が、下手をすると、ニュータウンを潰して、みんな中心部に集まろうという話につながりかねないんですけれども、やっぱりそうではなくてというか。


私、ニュータウンで今暮らしていても結構楽しいんです。多摩の都市計画を勉強しているからだと思うんですけれども。周りの人に聞いても、別にごみごみしたところに住みたくないとか、あるいは中国の留学生に聞くと、都市とかは嫌ですと言うんです。大体ニュータウンがよくて、こんなきれいなところに住めるんだったらという言い方をしますから、やっぱりいろいろな住み方の選択肢を、いろいろな都市の選択肢を日本の中に持っているという状態は、ものすごい強みだと思います。それを認識した上で、歩くのが好きな人は、もうちょっと歩いて楽しいまちをつくろうとか、そういうことかなと思っています。


【鈴木】  私も、埼玉の郊外のニュータウンに住んでいます。40年前に鹿島が開発した3,300戸の分譲のニュータウンです。私もすごく楽しいんですよ。住むまでは学んできた通り、つくられたまち、新陳代謝がない、夜は人の目がなくて危ない、だめ、みたいな感じで思っていたんです。それが、主人はそこの出身なんですけれども、主人も、主人の友達も自分たちのまちが大好きなんですよ。愛着が非常にあると。それでどういうもんだと思って住んでみたら、計画されたまちの心地良さがある。公園はたくさんあるし、駅まで歩車分離で行けるし、緑もたくさんあるし、大好きになってしまった。私はそこを選択しているわけで、その選択する豊かさを享受しているということです。


もう一つ、島原さんがおっしゃっていた、車が結局社会を大きく変えちゃったよねという話なんですけれども、それ、実はマーケットの文脈でもとても重要なことで、マーケットというのはもともと日本にはあったんです。街路市と言われて、街路でやるマーケットがあったんですけれども、それが戦後、闇市の広がりを受けて、GHQが露店撤廃令を制定して、そのときに1960年代にモータリゼーションの到来もあって、道路交通法が制定されて、道路が交通のための空間と定義されてしまった。


それで、街路市が警察により規制がかかり市がどんどんなくなった。車の力が強くなったこと、そしてそれが今弱まっていることは、日本の現代版マーケットを考える上でも重要だと思っています。


■日常使いのマーケットへ


【司会】  続いて、鈴木さんへの質問です。「東京の都市型マーケットがロンドンのように生活の一部として溶け込むようになるには、何が必要でしょうか」という質問で。


【鈴木】  一つは継続開催することだと思います。継続開催することで、出店者さんと地域の人が顔なじみになって、それこそ週に1回でも開催できれば、その場所はコミュニティーの場となって、地域の人が毎週集まる場になってくる。


日本全体にマーケットが増えていて、継続開催されてくると、マーケットで買い物をするということに人の抵抗がなくなってくると思うんです。そうすると、個々の出店者の売り上げも上がるので、どんどん文化として成熟していくのではないかなと思っています。


逆に、良くないマーケットと言うと、ちょっとおかしいんですけれども、例えば補助金を受けた商店街がとりあえずやるか、みたいな感じでやって、商店街の組合員を動員して、その人たちはほんとうは出たくもないのに、関係性で出ないといけなくて、人が集まらなくて疲弊しちゃうみたいな、あまりちゃんと設計されていないマーケットがある。文化が育っていくときに、その違いをよく理解し、切り離して考えていかないといけないと思います。


■街にマネジメントは必要か?


【司会】  では、3つ目、饗庭さん、お願いいたします。「雑然性、そしてちまちま感、ごちゃごちゃ感、こういった統一のとれていないことの統一性が吉祥寺の魅力の1つとしてあるように思いますが、そこを生かした再生、手法、維持、継続、そして稼ぐまちとしてのマネジメントの方向性があれば、教えていただきたい」というご質問ですが、いかがでしょうか。


【饗庭】  なるほど、質問が途中でトーンが変わるんですけれども。前半の隈さんとの話の中で大分私のスタンスはお話したかと思うんですけれども、放っておくのが一番いいときってあるんですね。都市計画にせよ、まちづくりにせよ、特に何も頑張らない、変に計画をつくらないみたいなほうがいいことというのがあって。


歴史的に言うと、吉祥寺は昔、すごい都市計画をやろうとして、地元の反対で頓挫してしまったという歴史があって、もしかしたら悔しがっている人も陰でいるかもしれないんだけれども、雑然さに対してあまり積極的に関与しないという感じで、都市計画、まちづくりが機能してきて、今日があるというふうに思うんです。


それに対してマネジメントという言葉が質問にあったんですけれども。マネジメントが、もしかしたら危険思想かもしれないんです。今、エリマネという言葉が流行っているので、全国でマネジメント、マネジメントとか言ったり、あるいは稼がなきゃいけないというふうに何人かの人が強い言葉で言うので、稼がなければだめかなと思う人がいると思うんですけれども、稼がなくても、よくわからないおじさんが生きているというのがいいまちなんです。


役に立つか、よくわからないおじさんが酔っぱらって町なかにいて、1日300円しか使っていないみたいな人がいられるのがいいまちだと思うので、やっぱりその雑然さみたいなところを変にマネジメントとかをやり始めると、失敗するというか、よさが消えてしまうという可能性がありそうかなと思うんです。


【司会】  そうですね。そう考えると、今の吉祥寺には、この方がおっしゃる雑然性とか、ちまちま感とか、ごちゃごちゃ感とか、そういうものはたくさんあるので、下手に手を出さずに、何となく維持できたら、それがいいのかもしれないですね。


【饗庭】  まとまって見たら雑然としているんですけれども、結局、都市というのは一つ一つの土地が細かく分かれているので、それぞれの空間を見ると、雑然と使っている人と、すごくビシっと使っている人がいるんです。こうした人たちが混在しているから全体的に雑然に見えるんですけれども、ビシっと使っている人がいて、そういう人ばかりになってしまうと、つまらなくなる可能性はあるんです。


だから、いわばまちの様子を見るときに、全体でイメージで語るのももちろん大事なんですけれども、一つ一つの単位に、そこだけ切り取ってみたときに、果たしてそこが将来どうなるのかと。こんな雑然としている人が、もっと雑然とさせるんだろうなとか、こんなにビシっとやっている人というのは、いずれすごくつまらないことをやってしまうのではないだろうかとか、まちの状態を、解像度を上げて見ていかないと将来だめだよということはあるかもしれません。


■シビックプライドの必要性


【司会】  ここからは会場からの質疑応答の時間にしていきたいと思います。


【A氏】  官能都市の第4位の目黒区のものです。お話を聞いていて、確かに武蔵野市と目黒区、とてもよく似ているというのを改めて感じたところです。


質問が二つあります。まず先ほど、鈴木さんがシビックプライドということをおっしゃいました。今でこそ中目黒は大変有名なんですが、15年ぐらい前まで中目黒というのは全然地味で、誰も知らないまちだったんです。今はとてつもなく人気のまちになっていまして、地元の皆さん、いいまちをつくりたいということの危機感がある中で、昨年、まさにシビックプライドということで、中目スタイルというものを決めたんです。


精神的なものなんですが、シビックプライドみたいなものの大切さをどういうふうに鈴木さんはお考えになるのかをお伺いしたい。


2点目ですが、自由が丘も、中目黒もそうですけれども、テナントの一、二階の店舗づくりがみなさんとてもうまいんです。役所は、当然何も言うべきではないと思っています。建物をつくる時も、低層部をつくり込み過ぎてはいけないだろうと思っています。


街は後々そこに誰かが手を加えられるような余地を残すみたいなことが必要なのではないかと思っているんです。この点を島原さんはどのようにお考えなのでしょうか。


【鈴木】  まず、シビックプライドがどう作用していくのかという話でいくと、先ほどから饗庭さんのお話にもありましたけれども、結局、個々の所有者さんがどうするかということを考えて決めているんです。例えば1階のテナントがあきました、これをどうしようかと考えたときに、不動産屋さんが一番高い家賃で出してくれると。でも、そのオーナーは、いや、このまちにはカフェがあったほうが居場所ができていいのではないかと思ったら、不動産屋よりちょっと家賃は安くなっちゃうかもしれないけれども、カフェが入ることを優先する。こういう一人一人の意思決定にシビックプライドのようなものが影響してくるというのが、1つあると思います。


もう一つは、単純に幸せだと思います。自分のまちを愛して、そのまちで暮らすというのは、人間としてとても幸せなことだと思っています。


【島原】  ほんとうにそのとおりですね。住んでいるまち、好きじゃないとか、関心がないとかっていうと寂しいですね。別にそれでもそういう人も否定されるべきではないですけれども。


【鈴木】  頑張って好きなまちを探したほうがいいです。


■つくり込み過ぎない価値


【島原】  1階のお店がいろいろな手を入れやすいような状態になったほうがいいんじゃないか、余白があったほうがいいのではないか、つくり込まないほうがいいのではないかというお話、まさにそのとおりだと思っています。自分は大田区なんですけれども、品川区か目黒区の境目がいいよねと、僕はさっき言ったと思うんですけれども、学芸大学もすごくそういう感じがしますし。


絶対地雷を踏むかもしれないんだけれども、飲んでいるからいいか(笑)。僕は東急電鉄の人に聞かれたことがあるんです、東急沿線のどういうところがいいか、どうしたらいいかと。僕は東急沿線でいいまちというのは、東急電鉄が手を入れていないところじゃないかと思いますと答えました。学芸大学にしてもそうだし、自由が丘にしてもそうだし、大井町線もそうだし。あまりやり過ぎてはいけないということを言いたかっただけなんですけれども。


つくり込み過ぎないというのは、形態のこと、箱の形のことをおっしゃっているのか、ルール、こういう状態でなきゃいけないというふうにやってしまっているのか、いろいろあると思うんですけれども、余白があるということの一番大きいポイントは、家賃が安いということだと思うんです。


家賃さえ安ければ何とかなるわけで、ただ、路面の店舗で一番家賃が高くなりがちなので、さっきも鈴木さんの話もありましたけれども、オーナーが一番高く稼ぐところというと、とりあえずドラッグストアと、そういうパターンがすごく多いと思うんです。コンビニエンスストアとか、さすがにやばい店とかは入らないと思いますけれども、そんなことでドラッグストアだらけになる商店街もあるわけです。


そこの家賃を安く押さえ込むことは無理なんでしょうけれども、そこの家賃が安いからこそ生まれる余白というものがすごくあって、そこをドラッグストアだらけとか、チェーン店だらけにしないで、街を面白くしてくれるプレイヤーにチャンスを与えるというのは、さっき鈴木さんがおっしゃっていたような、シビックプライドみたいなのがあって機能する話かなと思います。


■個人商店と広場


【B氏】  日野市から参りました。元建築家です。77歳になりました。私たちが学生のころは都市に広場をつくるというのが1つの流行というか、一大ムーブメントでした。そして、今日のお話を聞きまして、必ずしも広場をつくらなくても、いろいろなところに広場に匹敵するような空間というのが散在している。


例えば公園の一角でも、使い方によっては、子供たち、お母さんたちの居場所にもなるし。ただ、個人商店というのは日野市でも衰退しています。個人商店救済策といいますか、その存在価値をこれからどういうふうに認めていくのか。僕は応援団の一人ですけれども、都市における広場というものと、もう一つのテーマ、個人商店、これからというのと、それについてコメントをお願いします。


【司会】  では、個人商店、広場についてということで、鈴木さんからお願いいたします。


【鈴木】  個人商店については、実際に自分でマーケットをやり出してすごくびっくりしたのは、ほんとうに魅力的な商店が多いことです。自分の住んでるまちでも意外と知らない。そういう商店を知ってもらうツールとしても、マーケットは優秀かなと思っています。一度、駅前の老舗の和菓子屋さんがマーケットに出てくださったことがあったんです。そうしたら、その人がマーケットが終わった後に、「うちの店がこんなにみんなに知られていないと思っていなかった」とおっしゃったんです。老舗で駅前なので、本人はみんな知っていると思っていたんです。意外とみんな知らなかった。


というのは、小さな和菓子屋さんだと、入ると買わないといけないと思うじゃないですか。そうすると、人って通り過ぎちゃうんですよ。でも、ひとたび外に出てくれば、実演販売とかもやってくださったり、格好いい道具を見せてくださったりして、地域の子供たちはすごく魅了されて、それからそのお店に行くようになったということがあって。地域の個人商店も実はまだまだたくさん可能性を秘めている。本人たちも気づいていないような魅力がある。和菓子屋さんの場合も本人たちは、こんな道具古いから嫌だよとか言っていたんですけれども、見せたらみんなを魅了する。そういう魅力というのが個人商店にはあるんじゃないかなと思っています。


広場については、おっしゃるとおり、ほんとうにそれこそスポンジ化ではないですけれども、そういうふうに大きな広場をつくる以外の空いてきた場というのを活用していくというのも、1つの方法論だとは思います。


【島原】  個人商店について言えば、僕も個人商店応援派ではあるんですけれども、ただ、全ての個人商店が生き残るのは絶対あり得ないと思います。というのは、個人商店の中にも、先ほどおっしゃったような製造小売的なお店はある程度粗利益はあるので、その店でしかつくれない商品を売って、生き残る余地はあるのかもしれませんけれども、いわゆる単なる流通の小売、どこかのメーカーの品を問屋から仕入れてきて店頭で売るだけ、こういったような個人商店はまず間違いなくなくなりますよね。そんなに機能として必要ないし、利益としても成立しないはずなので。


だから、そういったお店をどんどん、製造小売的なお店だったり、飲食店だったり、あるいはアトリエ兼ショップだったりというような、その場でしか成立し得ない、かつ粗利益率の高いような商売にどんどん切りかえていかないとだめで、今ある個人商店を全て守るべきではないと思っていて、そういうところはできるだけ早く退場していただいて、新しい人に店を貸すというやり方にしていただきたいなと思います。


広場に関してはおっしゃるとおりで、これはセンシュアス・シティのレポートでも引用をさせていただきましたけれども、デンマークの都市計画プランナーのヤン・ゲール(※4)が、アクティビティー、空間、建築、この順序で考えろと言っています。日本は、広場が欲しい、ホールが欲しい、何がほしいと、建物から先に行くけれども、こういうことがしたいというふうなアクティビティーから発想していくと、それを行うためには建物が要るんだっけ、広場が要るんだっけという話。広場は、選択肢の1つにしかならないわけで。ここでもできることだったら、新しくつくる必要はないんじゃないかと、そういうような発想をすべきではないでしょうか。


【饗庭】  個人商店、物を売るって、人の本能みたいなところがあるかなと思っていて、僕も1回ぐらいお店をやってみたいなと思っているんです。人は交換と分配しかすることがないんだという話をしました。商売は基本的に交換だと思うんですけれども、自分の時間を使って探してきた自分がいいというものを、ほかの人の何かと交換することだと思うので、それくらい広い行為として商売というのを捉えていたら、ほんとうに住宅のちょっとしたところで何か商売をやってしまうとか、そんなことが見えてくるのかなと思います。


例えば、東京でお店をやろうとすると、店を借りるだけで保証金を20カ月取られてしまって、最初に1,000万ぐらい貯金がなきゃできません、みたいな状態になっているんですけれども、そこを下げてみて、みんながちょっと商売をやってみようという状況ができて……。


【鈴木】  その一つが、マーケットですね(笑)


【饗庭】  ああ、それがマーケットらしいんですけれども、ということかなと思います。


広場は、ヤン・ゲールが言っていることは正しいと思うんです。日本はめちゃくちゃ人口が増えて都市が拡大したので、アクティビティー、空間、建築を逆にやっちゃったんですね。とりあえず人口が増えるから、まず建築をつくらなきゃまずいみたいな感じになっていて、アクティビティーがよくわからないという状態が、今の状態なんです。ただ、やっぱり広場ってお金があるときしか絶対つくれないし、建物をつくるときにしか絶対広場をつくることができない。私たちの世代から言うと、私の父親ぐらいの世代の方がほんとうにたくさんの広場をつくってくださったので楽しい体験ができる。もう二度とつくれないかもしれないものだと思いますので、そういう意味ではすごく広場がたくさんあることはいいことだなと思っています。


■海外の人に使ってもらえる都市とは


【司会】  ありがとうございました。ぜひこの機会に直接お話を聞いてみたいという方。じゃ、順番に行きます。


【C氏】  私はこの10年間、アジア・アフリカの社会投資の仕事をしています。日本の人口はこれから大幅に減ってくると思いますが、そうなってくるとアジアとアフリカの若い人たちが来て暮らせるようなものにならなければ維持ができない。1億人のマーケットを何とかするよりは、やっぱり30億人のマーケット、60億人のマーケットで何ができるかということを考え、どうやってそちらに魅力があるような都市をつくるかが大事ではないかと。それについてどう考えるかというのをお聞きしたい。


【饗庭】  多分、日本の都市をこれからどういうふうに海外の人たちに使ってもらうかみたいな話かなと思います。都市が維持できなくなるから、外国の人が入ってくるべきだという理屈の立て方を僕はあまりしたことがなくて、それは日本人も含めた若い人が、あの国に行ったら、こんな技術ができるから、こういうふうに使ってやろうと思って来てもらうことが大事かなと思っています。


別に都市なんか維持しなくても大丈夫ですので、放っておいてもいいところは結構あります。ですから、そのときに、じゃ、日本の今までつくってきたものしか、多分売りにはならない。これから新しくつくるわけにはいかないので、何がいいのかな、何が売りになるのかなと思うと、いろいろあると思うんです。妙に住宅地と農地がまじっているところというのが意外と売りになるかもしれないとか。あるいは、少なくとも、春夏秋冬の四季がはっきりしているので、それに対応した都市空間もとてもいいことかもしれないと思ったりします。いろいろな、日本のいいところというのはあると思いますから、それをきちんと読み取った上で、戦略的に仕掛けるところは仕掛けると、そんなことかなと思っております。


■安全の確保と街の魅力


【D氏】  吉祥寺の商店街で店をやっています。今日お伺いしていて、自然に任せるのが一番いいというような話に聞こえたんですけれども、商店街の中でもいろいろ木造建築もありますし、なかなか建てかえも進まないというような状況の中で、危険性があると思っています。


やはりお客様に来ていただくのに、安全なまちづくりというのが一番、私たちに課せられた最低限の考え方かなと思うんです。この安全、防災、それを担保することについてはどういうふうにお考えなのかなということを、お伺いしたいなと思っています。


【島原】  おっしゃることはすごくわかります。木造で密集をしているとか、個別に危ない建物があったりする。それは、やはりオーナーさんが責任を持って対策をとるべきだろうと思っています。例えばサンロードの中の建物だと、アーケードの中だから見えにくいですがおそらく古い木造もたくさんある。ハーモニカ横丁に行けばすごくわかりやすいですが、建物的には危険な建物が多いのは間違いないわけです。


だけれども、あれはすごく残ってほしいです。しかし、現行の制度では建てかえがなかなか難しい。とすれば、大変な家賃が発生していると今日お聞きしたので、建物を持っているオーナーさんが耐火とか耐震の改修の投資をするべきだと、僕は思っています。危険だからといって、全部共同建て替えで、大きなビルに建て直すんだという発想ではなくて、今の雰囲気を残しながら個別に安全性を高めることはできるはずなので、そちらに投資をするべきだと僕は思っています。


【鈴木】  島原さんがおっしゃったことにすごく近いんですけれども、一人一人のオーナーがどう考えるか、その意識だと思うんです。その意識をどうやってつくっていくかというと、先ほど言った、まちが好きだ、自分たちのまちを守っていきたいという思いだと思うんです。意識が高まれば、防火対策をするのもそうですし、路地に物を置かないとかへ意識が向く。それもやっぱり店同士、店と人との関係性の中で起きると思うんです。関係性を意識して、まちを自分たちで育てていくみたいな意識を一人一人が持っていかないといけないのかなと思います。


【饗庭】  防災は日本にいる限りは逃げることができない、ほんとうに大事なことだと思うので、おっしゃるとおりというか、まちを挙げてやるべきことだと思います。さらに言うと、私、いろいろなまちでまちづくりをやるんですけれども、例えばマーケットというのはやったことがないですけれども、いきなりマーケットやるぞと言っても、みんな乗ってこないと思うんです。


100人の人が集まって、10人ぐらいがおもしろそうだなみたいな感じで、まずは10人から始めましょうとなるんですけれども、防災は共通言語というか、みんながそうだよねと言うのが防災だと思います。ちょっと変な言い方ですけれども、まちをまとめるときに、防災というのは何かきずなをつくり出す可能性があるので、防災をちゃんと片手に持ってやるということは、とても大事かなと思います。


吉祥寺は空き店舗がいっぱいあって困っているまちでもなく、きっちり建物に対するお金が回っているまちだと思いますので、今のうちに建物を改善しないと、右肩下がりになってきたときに、防災だといっても、建物投資ができないということになってしまうので、やっぱり今もうかっているうちに、例えば月100万もうかったうちの2万円は必ず防災に積み立てようとかいうふうなルールをつくって、やっておいたほうがいいと思います。


気持ちよくお金を出せるときに、お金をためておかないといけないなと思います。それぞれの建物の所有者の方がいくら稼いでいて、いくらぐらい防災に行くといいんだよねみたいな話を、やっぱりしていかないといけないんじゃないかなと思います。お金が回らなくなったまちというのはひどいことになりますので、今のうちだとは思います。


【島原】  東京で今、例えば僕が好きだった武蔵小山の横丁もそうですし、京成立石の横丁もだし、あちこちでそういうのをスクラップ・アンド・ビルドされている、最も大きな理由が防災を建前にした再開発なので、防災は大事なんだけれども、防災イコール、スクラップ・アンド・ビルドじゃなくていいはず。防災はしてほしいけれども、手法はいろいろあるなということは言っておきたいと思います。


【饗庭】  そうですね。だから、さっき打ち合わせのときにちょっとお伺いしたのは、ハモニカ横丁が結構いい家賃が取れているという話を聞いて、びっくりしたんですけれども、建物としてはすごく危険なところに、たくさん家賃が取れるといったときに、それを建てかえる方向にお金を使うのではなく、その建物の雰囲気を残したまま防災性能を上げるというのは、全然技術的にできることではありますから、すごくできると思います。今の状況というのはできると思います。


地方の駅前のどうしようもなく、お金も稼げなくなった木造密集みたいなところでやると、防災を旗印にして固い建物をつくるしかないという感じになりますけれども、今の状態だと、いろいろなことができると思いますので可能性は感じています。


■地域コミュニティーと寛容性


【司会】  それでは、事前にいただいている質問をもう少しこちらからさせていただきます。


では、島原様よろしいでしょうか。「著書である寛容社会の都市的要件が吉祥寺にあるのか、それが吉祥寺の魅力に関連しているのかについて意見を伺いたい」というご質問が来ております。


【島原】 「寛容社会」というのは、今日ご紹介した「Sensuous City[官能都市]」の次の年に出した調査レポートなんです。官能都市と全然テーマは変わってくるんですけれども、外国人とどうやって共生するかということをテーマにしたレポートを書いたんです。


これから外国人が増えていくのは確実なんだけれども、例えば日本の住まいという分野においては、賃貸住宅のほとんどが外国人に対応できない、外国人お断りと。一方で、国は経済界の要請で外国人をばんばん受け入れなきゃいけないという状況でありながら、不動産業界が対応できないとか、あるいは、まちの中に外国人が入ってくることを嫌がる地域コミュニティーがあるというような現実がある中で、住むという行為の中から外国人との融合、多文化共生をうまくできないのかということを提案させてもらったものなんです。


外国人との共生を書いたレポートなんですが、最も言いたかったのは、外国人というのは日本の中における多様性をはかる最も重要なメルクマールであるということ。外国人も受け入れている街は、日本人のちょっと変わったやつも生きやすいという話だと思うんです。どういう状況が外国人に対して不寛容かということが調査の結果わかったんですけれども、日本人で外国人に対してノーと言う人たちの傾向の1つの大きな特徴が、地域社会で友達がいなくて、自分は地域社会の一員だと認められている気がしないと答えている人間が、外国人のことをノーと言っています。


地域コミュニティーが外国人への寛容性と関係していたということは、調査データでわかっています。その点で、それを踏まえて言うと、吉祥寺というまちというのは、もともと学校も多いですから、よそ者がいっぱい入ってくるようなまちですから、ある程度そういう素地はあると思います。皆さん、住んでいる人たちが地域コミュニティーがちゃんとある、自分は吉祥寺の人間だというふうに思っている人が多いとすれば、おそらく他者に関しても寛容であると思います。寛容性については都市ベースで調べていないのでわかりませんけれども、おそらく吉祥寺は大丈夫だと思います。


■人の関係性と都市


【司会】  それでは、鈴木さんにもお願いします。「都市とは、あなたと私の関係性の連続とおっしゃっておられますが、魅力的と言われている都市には、その関係性が必ず見られるものなのでしょうか。その関係性がないまちは、魅力ある都市にはなれないのでしょうか」という質問をいただいております。


【鈴木】  パネルディスカッションの中でも少し話したんですけれども、関係性というのは2つあると思うんです。コミュニティーのように帰属意識とかいう、実際にお話しする関係性というのもありますし、お話ししなくても、例えば私たちが電車に乗ってどこの席に座るかを決めるときというのは、周りの人たちの関係性で決めるわけではないですか。


すごく空いているのに、いきなり隣に座る人とか、絶対にいないじゃないですか。そういう意味で関係性ということを書いたので、関係性があることが魅力的かというよりは、心地のよい関係性といいますか、健全な関係性が必要かと思います。先ほどもお話しした、台湾では子供がすごく受け入れられていて、子供と一緒に行動するのが楽だった、ストレスがなかった。それが私にとっては、ここだったら子供をもう一人産んでもいいかなと思うぐらいのものだった。それも都市における子どもと他者の関係性です。


ただ、その関係性のデザインとか、関係性を見ていくということにまだ視点がいっていないのではないかなというところで、都市はあなたと私の関係性の連続というふうに書かせていただきました。


■ 少子高齢化と幸福感


【司会】  では、最後に饗庭さんにも1つ、お願いします。「少子化、都市集中化の時代に、幸せに暮らせるまちづくりはどうあるべきか、そして、吉祥寺をどういうまちにしていけるといいと思うか。特に若者にも魅力的であるには、という観点でお話をしてほしい」という質問をいただいております。


【饗庭】  少子化も、高齢化も、統計的に見たら不幸な出来事かもしれないんだけれども、本人たちにとってみれば全然幸せなんですね。少子高齢化の時代に入ったから、高齢者の方々が全員不幸せに感じているかといったら、そういうことはないわけです。だから、少子高齢化社会に幸せに生きるというのは、質問が少し矛盾しているような感じがして。


一人一人の人たちの幸福感というか、俺は幸せだなとか、楽しく生きているなというのは変わらないはずなんです。変わらないし、さらに言えば、家とか余っているので、例えば一人っ子とか、部屋を3つぐらい使っているとか、そういう感じで言うと、より幸福感が上がっている可能性はあるなと思うんです。


なので、少子高齢化というと、人口減少も含めて、何か暗い言葉みたいに見えるわけですけれども、一人一人の主観で見たときに、例えば去年人口が何人ぐらい亡くなったか。多分200万人ぐらい減っているんですけれども、皆さん、何も感じていないですよね。200万人減ってつらいと誰も思っていないというのと同じようなことで、特に少子高齢化とか、社会の動きと個人の幸福感はあまり関係がないはず。


逆に言えば、一人一人が普通にこういうことをやっていこう、こういうことをやったら人が楽しいんだなということを、きっちりやっていければいいということだと思います。そのときに、都市を存分に使い倒すということがとても大事なことなのかなと思っております。


■吉祥寺フォーラムを振り返って


【司会】  最後にお三方から、本日のフォーラムを振り返って、一言ずつ感想などを頂戴できればと思います。


【島原】  今日は長時間お疲れさまでございました。パネルディスカッションの冒頭でも申し上げました、私も約30年ぐらい前、学生のころ吉祥寺に入り浸っていた人間で、吉祥寺が好きで遊んでいた人間なので、こういう仕事でまさかこういう場に立たせていただける日が来るなんて、ほんとうに想像もしていなかったんですけれども、センシュアス・シティの中で武蔵野市が3位、すごいじゃないか、あの吉祥寺だと思って、いつ声がかかるかなと待っていたんです(笑)。


やっとそのタイミングがやってきまして、今日はほんとうにお声をかけていただけただけでうれしく思いました。それだけではなくて、鈴木さんと饗庭さんとのお話、お会いするのは3度目ぐらいなんですけれども、それぞれ分野は違うんですけれども、考え方にすごく共通するところがあって、楽しい時間を過ごさせていただきました。どうもありがとうございました。(拍手)


【鈴木】  今日はどうもありがとうございました。私も島原さんと饗庭さんの本を読んでいて、読みながら大興奮してしまうぐらいおもしろい本で、そんなお二人とお話しできたのは、すごく幸せに思います。


今日皆さんとお話ししていても思ったんですけれども、やっぱり都市って一人の正義で動かしてはいけないものなんだなと。一人一人がそれぞれ都市を楽しんで愛着を持って生きていくことで、都市はより魅力的になっていくんじゃないかなということを、今日考えていました。どうもありがとうございました。(拍手)


【饗庭】  今日はどうもありがとうございました。この結婚式みたいな場の感じ、すごく居心地が悪くてしようがない(笑)。それで、さっきからずっと皆さんを観察していたんですけれども、大事なことに気づきました。皆さん、知り合いとしかしゃべっていませんね。ですよね。わりとおもしろそうな人たちがいるかもしれないのに、隣の人としゃべれていないというか、ちょっとマイクを使ってしゃべっていると、そうなってしまうんです。


なので、僕の挨拶はすぐ終わりますので、終わった後、5分間だけ知らない人としゃべって帰りませんか。ちょっと横を向いたら知らない人だらけのはずなので、知らない人としゃべって、どこから来たの、何で来たのという話をして、おもしろかったかと聞いて、それぐらいをしゃべって帰りませんか。


そういうふうにすると都市っぽいなと。名前とか名乗らないようにしましょう。匿名性が大事なので、名前とか、名刺とか出さないで、すごい偉い人と学生がしゃべるとか、そういうのが都市だと思いますので、ぜひそういうことをやっていただければと思います。どうもありがとうございました。(拍手)


【司会】  以上をもちまして、吉祥寺フォーラム2018「吉祥寺で語り合う“都市の本質”とは」を終了させていただきます。本日はありがとうございました。




※1:高山案/1962年に公表された「吉祥寺駅前地区改造計画案」で、武蔵野市から委託を受けた東京大学・高山英華教授の研究室が作成に当たったことから「高山構想」とか、「高山案」と呼ばれた。吉祥寺駅周辺の総面積20万㎡を超える区域を対象とした現状の区画より大規模な計画で、街区を大きくまとめていくスーパーブロック方式による計画であった。


※2:オスマン(ジョルジュ=ウージェーヌ・オスマン)/19世紀フランスの政治家。ナポレオン3世の時代の1853年から17年間パリを管轄するセーヌ県知事の地位にあり、広場を中心とした放射状の道路、公園の配置、上下水道の整備など現在のパリ市街の原型となった改造計画を推進した人物。


※3:ジェイン・ジェイコブズ/20世紀の都市計画思想を転換させたといわれる、1916年生まれの米国人女性ジャーナリスト・都市研究家・市民活動家。代表作の『アメリカ大都市の死と生』(1961年)では、近代都市計画を批判するとともに独自の都市論を展開し、大きな反響を呼んだ。用途の混在や小さな街区などから生まれる都市の多様性の魅力を訴えた。


※4:ヤン・ゲール/1936年生まれ。デンマーク出身の建築家、都市計画家。「街の主役は人である」という考えのもと、自動車中心から歩行者中心の都市計画への転換を打ち出した。ヒューマンスケールの「生き生きした、安全で、持続可能で、健康的な街の実現」に向けて、実践に裏づけられた公共空間デザイン論を展開。


「吉祥寺ポリシー&吉祥寺フォーラム」一体型冊子PDFを好評配布中(無償配布)です。ダウンロードには、以下の情報をご入力下さい。

※必須事項を入力すると、メールが届きますので、そこからダウンロードを行って下さい。

氏名(全角)必須  
氏名(フリガナ)必須  
年齢必須
性別必須
職業必須 プルダウンから選択してください。
お勤め先名/学校名
(全角)必須

※:主婦(パート含む)、無職の方は、「主婦」「無職」と入力してください。
所属される部署名・役職/学部名(全角)
メールアドレス必須
メールアドレス確認必須
※確認のためにもう一度、コピーをせず直接入力して下さい。
個人情報の取り扱い必須 ※ご記入いただいたメールアドレス、お名前などの個人情報は、「一般財団法人武蔵野市開発公社の個人情報保護規程」に従って、管理いたします。
今後開発公社からのお知らせを受け取りますか必須

■このサイトについて
当サイトで公開されたコンテンツに関する著作権は、一般財団法人武蔵野市開発公社(以下、開発公社)に帰属します。当サイトおよび、当社が発行する文書、データ画像などの無断転載を禁止します。

■リンクについて
・当サイトへのリンクを希望される場合は、貴社名、部署名、担当者名、電話番号、メールアドレス、掲載するサイトの内容、リンクへの目的を明記の上、開発公社ウェブサイト上のお問合せフォームから、お問合せ項目「まちづくり事業」を選択の上、ご連絡下さい。
・開発公社へのリンクと分かるように表現・記述してください。
・営利目的や勧誘など、開発公社の信用にかかわる形式でのリンクはお断りすることがあります。

一覧へ戻る